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経済万華鏡

コロナ後の経済風景:様々な二極分化

浜矩子(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

 最近、K字型回復という言葉が結構はやっているようですね。ポストコロナの経済回復は、V字型ならぬK字型になるのだというのです。V字型は、激しく下り坂を転がり落ちた経済活動が、底を突いた後は勢いよく立ち直るというイメージを表現しています。

 それに対して、K字型は、パンデミック不況に区切りがつくと、そこから先は二極分化の局面に入るという考え方に基づいています。勢いよく回復する強者の世界と、上げ潮に乗ることの出来ない弱者の世界。コロナの災禍の向こう側では、この格差の構図が一段と鮮明になるというわけです。

 筆者も、以前から、コロナの向こう側にこの構図が待ち受けていると考えていました。K字型がはやりだすかなり前からのことです。そして、筆者はこの姿を「寝そべりV字型」(つまり、「<」)あるいは「横たわりV字型」と表現していました。K字型の縦棒を取り外した格好ですね。K字型の縦棒は、「ここでコロナは決着で、次の局面に入る」というイメージを強調するためのものだと推察します。ただ、なまじこれがあるために、二極分化の構図がぼやけてしまうと思われませんか? 筆者の「寝そべりV字型」の方が解り易くてスマートだと思いません? …なーんて、手前味噌の押し付けで申し訳ございません。

 それはさておき、コロナの襲来を受ける中で、弱者がそれ以前にも増して窮地に追い込まれたことは間違いありません。ロックダウン状態の中で、資産増強に奏功した強者の強さもまた、増強されました。Kと見立てるにせよ、寝そべりVと見立てるにせよ、上り坂を行く人々と、下り坂を転がり落ちる人々の間の格差がコロナ後に拡大することは避け難いと考えられます。この点については、世の中の論調がかなりの程度まで一致していると言えるでしょう。

 それに対して、ポストコロナの展開について論者たちの見解が大きく割れているテーマがあります。それは、コロナ後に大インフレが到来するのか、コロナ前のデフレ色深き状況に戻っていくのか、というテーマです。

 この点について、筆者の見方は少々揺れています。ですが、経済実態が全体として寝そべりV字型の軌跡をたどるのであれば、インフレの足取りもまた、二極分化すると考えるのが妥当ではないかと考えます。強者をより強くした金融資産の世界では、資産インフレが進行する。その一方で、さらに弱体化する弱者の世界においては、賃金デフレが深化する。筆者には、そのような空恐ろしい経済風景が現実味を帯びて見えます。

 ところで、大インフレ時代が到来するのか否かの議論の中で、ほぼ全く話題に上らないのが日本です。それもそのはずで、日本の物価は一向に上昇気配を見せていません。アメリカやヨーロッパでは、無視できない物価上昇圧力が、明らかに見え隠れしています。しかしながら、日本では、その姿も形も見えません。思えば、これも不思議ではありません。何しろ、生まれてこの方、インフレというものをまるで体験したことのない大人たちが、相当に多くなってきているのです。ビジネスの最前線で頑張っている皆さんの多くが、物心ついて以来、一貫してデフレ漬けになってきたのです。

 このようにデフレが日常風景化している人々には、物価と賃金が追いかけっこで上がっていく状態がイメージできません。かつては、この逆でした。1970年代にサラリーマンライフを送っていた人々には、物価と賃金がスパイラル的に下落するという関係は想像を絶していました。ことほど左様に、人は自分を取り巻く環境に適合して先行きを展望します。

 このような心理を「適合的期待」と言います。この概念と対峙されるのが「合理的期待」で、合理的に先行きに関する期待を形成できるのが優れた「経済人」だという風に唱えられたりします。ですが、筆者には、適合的期待の方が合理的な判断に思えます。そして、この適合的期待を何らかの形で大きく変えられない限り、日本が大インフレ到来論議の中に組み込まれることはなさそうです。

著者情報

同志社大学大学院ビジネス研究科教授

浜矩子

はま のりこ

1952年生まれ。一橋大学経済学部卒。三菱総合研究所ロンドン駐在員事務所長等を経て、現在に至る。『グローバル恐慌』『スラム化する日本経済』『ユニクロ型デフレと国家破産』『浜矩子の「新しい経済学」~グローバル市民主義の薦め~』など多数の著書がある。

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