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常識を疑え!

衣料品の価格破壊はなぜ起きた?

香山リカ(医師)

「1000円ジーンズ」が話題になったと思ったら、ウチは800円、いやいやウチはさらに安く……と、量販店などが次々に低価格ジーンズの販売を始めている。

 ある情報番組では、「こちらは5万円のジーンズ、そしてこちらが900円」と高級ブランド商品と低価格品を比べて紹介していたが、見た感じでは違いはほとんどわからなかった。レポーターの「やっぱり、ブランド品は細かいところまでデザインが凝ってますね」といった説明を聞きながら、「でもジーンズは日常着だから、それほど繊細に作られていなくてもよいのでは」と思ったのは私だけではないはずだ。

 価格破壊が起きているのは、ジーンズやTシャツだけではない。ジャケット、コート、女性のドレスなど、外出着やフォーマルウエアの世界やデザイナーの名前を冠したブランドでも、これまでは考えられなかったような低価格の商品が登場。「家で着るんだから安くていいや」ではなくて、「おしゃれする時もなるべく安く」といった考えが広がっていることがわかる。

 それにしても、いったいなぜ、ここに来て衣料品が価格崩壊を起こしたのだろう。

 もちろん、最大の理由は不況であることは間違いない。個人や家庭のレベルで支出を抑えるとしたら、まず考えられるのは高い衣料品を買わないこと、外食を控えることなど。とはいえ、ジーンズなどは消耗品でもあるし、たまにはちょっとおしゃれなシャツの1枚も買いたいと思う人も多い。「自分のために服を買うこと」は多くの人にとってストレス解消の役割も担っており、それを我慢するのは実際の不便以上の苦痛をもたらすからだ。

 衣料品を買うことをストレス解消の手段にしていた人たちにとって、低価格の衣料品の登場は、実際の安さ以上の“効果”をもたらしていると思う。

 それでは、なぜ自分のために衣料品を買うことが、ストレス解消の手立てになるのだろう。お金を使えばいいのなら、他にも買うものはいくらでもあるはずである。

 この謎を解くためには、洋服、アクセサリー、バッグなどを買うのがやめられない買い物依存症の人の言葉に耳を傾ける必要がある。そういった女性たちは、よくこう言う。

「いつもはさえない私ですが、試着室で着替えて、鏡の中を見るとさっきよりもマシな自分がいるんです。店員さんも“よくお似合いです”とほめてくれるので、お世辞とわかっていてもうれしくて」

 つまり彼女たちは、自分に新しいブラウスを着せてキラキラ光るイヤリングをつけることで、日ごろ会社や家庭で失っている自信、目減りしている自尊心が、少しだけ回復したような気になっているのだ。何もぜいたくをしたくて買い物をしているわけではない。

 そのように、衣料品を買うことには、傷ついた自尊心、自己肯定感の回復という重要な機能がある。もちろん、高級ブランドの品物を買うほうがより自尊心が高まるかもしれないが、安い衣料品は何着も買えるのが魅力的だ。それに現在、出ている品物は、これまでの低価格品と違ってデザインや色もなかなかおしゃれで、自分にあてて鏡をのぞけば十分、「お、私もなかなかカッコいいじゃない」と“ちょっといい気分”になることができる。

 おそらくこれからも、安くてファッショナブルな低価格の衣料品ブームは、当分、続くことだろう。しかしもしこれが、それくらい自尊心が傷つき、自信が低下している人が増えていることの結果だとしたら、それはそれで問題。「ボロは着てても心は錦」とはいかなくても、新しい衣料品やアクセサリーをどんどん買い込まなくても「私ってカッコいい」と誰もが思える時代のほうが、心理的には健康ということになるのかもしれない。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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