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常識を疑え!

若者のクルマ離れはなぜ起きたのか

香山リカ(医師)

 日本経済をけん引してきた自動車産業にかげりが見られる。国内の新車販売も輸出にも落ち込みが目立ち、2009年は33年ぶりに生産台数が800万台を割り込んだ。

 一方、中国の生産台数は急増を続け、ついに09年は日本、アメリカを抜いて、世界一位に。加えてトヨタ車やホンダ車は世界各国で大量のリコール、「台数はともかく、技術では何といっても日本車が世界一だったはずなのに」と直接、自動車産業に携わっていなくても、ショックを受けた人も少なくないのではないだろうか。

 では、なぜ自動車が売れないのか。もちろん、最大の理由は不況、そして円高なのだろう。しかし、本当にそれだけなのか。この先、円高が是正されれば輸出台数は増えるかもしれないが、もし不況を脱することができても、国内の販売台数はそう増えないのではないだろうか、と予測するのが、マーケット分析の松田久一氏だ。

 松田氏はこのほど、1980年前後生まれ、つまり30歳前後の男女に大規模調査を行った結果を、『「嫌消費」世代の研究』という本にまとめた。松田氏によると、ほぼ5年ごとに激しく価値観が変わる社会で生きてきたいまの30歳は不信感や不安でいっぱいで、少しくらい収入があるからといって、とてもそれを大きな買い物にまわすことはできず、せっせと貯金に励む傾向にあるそうだ。そして、高いブランドものや高性能のクルマ、大型テレビなどの高級家電に大金をつぎ込む上の世代に対しては、「うらやましい」ではなくて、「バカじゃないの」と冷めた目を向けているのだという。

 松田氏自身は、こういったある意味で堅実ともいえるが、内向き志向、安定志向の強い若者の増加を決して悲観してはいない。しかし、そろそろ社会が彼らの消費動向を「すぐには変えられないもの」として認め、日本全体が産業構造の転換を図らなければたいへんなことになる、と警告を発する。若者に再び野心や希望を持ってもらい、またどんどんクルマや高級マンションを買わせ、海外にも積極的に出かけてもらう…といった夢をいつまでも見続けているのは危険、ということだ。

 若い世代が社会に対する不信感でいっぱいになっているもうひとつの理由に、おとなが彼らに矛盾したふたつのメッセージを発し続けたこともあるだろう。たとえば、ついこのあいだまで行政は、「エコのためにも週に一日はノーカーデーを」「通勤は正確、安全な公共交通機関で」などとクルマ離れを促すようなメッセージを発していたはずだ。ところが、クルマをほしがらない若者が増えると、とたんに「憂慮すべき事態」という声が大きくなる。

 女性に対しても同様で、「女性も仕事を」と言ったかと思うと「少子化がたいへん」と言い、さらに「ワークライフバランスで仕事も子どもも」とメッセージが二転三転。ホンネとタテマエが見え隠れする矛盾するメッセージは、「ダブルバインド」と呼ばれ、受け手の心に大きなダメージを与えることが精神医学的な研究でも明らかになっている。

 もちろん、そのときの社会の状態で「よし」とされる価値観や目標が変わることは、いくらだってある。大切なのは、前のことがなかったかのように振る舞ったり、ふたつの矛盾したメッセージを同時に発したりせずに、「以前はこれが正しいと思ってやってきたが、事態が変化したので方針も変えざるをえない」と誰かがきちんと説明することだ。

 とはいえ、「やはり日本の基幹産業は自動車、だからみなさんももう一度、クルマに目を向けて」と説明されたところで、今さら“嫌消費世代”が自動車に飛びつくとは思えない。脱・自動車の先の日本社会がどうなるか。産業構造だけではなくて、作ってしまった道路は、交通手段は、そして環境は…。あらゆる角度から考え直さなければならないときがやって来たようだ。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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