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常識を疑え!

科学報道はなぜむずかしいか?

香山リカ(医師)

「テロ救助でがん発症19%増加」。

 こんな見出しを最近、新聞で見て、ギョッとした人もいるのではないか。イギリスの一流医学誌「ランセット」に、2001年のアメリカ同時多発テロで救助活動にあたった消防士は、ほかの消防士に比べてがんの発症率が19%高かったとの研究結果が発表されたのだ。

 調査を行った研究班は、ビル倒壊現場での活動でアスベストやダイオキシンといった有害物質にさらされた影響が関係している可能性もある、と述べている。ただ、注意が必要なのは、がんの発症部位別の発症率だ。アスベストとの因果関係が明らかになっている肺がんはむしろ通常より58%低く、胃がん、大腸がん、膵臓がんなどが高くなっているのである。

 がん全体は19%増加しているが、肺がんそのものは58%低い。この数字をどう解釈するかは、医学者としては迷うところであろう。19%の増加じたいが、倒壊現場からの有害物質によって起きたものなのか、それとも別の要因によるものかも、厳密に突き止めることはむずかしい。

 たとえば、次のようなことも考えられる。過酷な救援活動にあたった消防士たちは、そのストレスやトラウマの後遺症から逃れるために、それまでよりたくさんのタバコを吸うようになった。その結果、がんのリスクが高まったのではないか。さらにもっと客観的な立場に立てば、「19%増加というのは、統計学的には誤差範囲という可能性もある。だとすれば、救援活動や有害物質と関係があるかどうかも、実は明らかではない」と言うこともできるかもしれない。それくらい、「19%増加」の科学的解釈はむずかしいのだ。

 実験室での実験とは違って、実際に生活している人間の場合、がんやうつ病の原因をひとつに特定することは非常にむずかしい。診察室でもときどき、「先生、私のうつ病はやっぱり家族が原因だと思うのですが、医学的に考えてもそうですよね?」といわゆる“犯人さがし”をしたがる人がいるのだが、「その可能性もあるけれど、体質、仕事の負荷など別の原因が複合的に関係している可能性もある。医学的に、と言われれば、原因はひとつには絞り切れない、と言うしかない」と歯切れの悪い説明をせざるをえないことが多い。

 とはいえ、たとえば仕事に関係した疾病として労災認定するかどうか、といった補償問題になると、「そうであるともないとも決められない」などとあいまいなことは言っていられない。先のニューヨークの消防士たちも、少しでもそのがんが救助活動と関係がありそうなら、それだけで補償の対象とすべきとなるだろう。

 新聞に「19%増加」と載ると、多くの読者はそれだけで「因果関係が科学的に立証された」と考える。しかし、原典の論文にあたると、あくまでデータとして報告されただけで因果関係までが立証されたわけではない、という場合も多い。もちろん、テロの救援活動にあたった消防士にがん発生が多かったという事実じたい、多くの人に伝える価値のあるニュースであることは確かだが、そこで「活動そのものががんを招いた」というニュアンスになりすぎないようにするには、どうすればよいのか。このあたりが科学報道のむずかしさだ。

 原発事故をめぐっても、今後、こういう問題が無数に起きてくるだろう。私たちはまず、事実を正確に知りたい。しかし、その事実をどう解釈すればよいのかは、専門家の手にゆだねなければならないこともある。そこで「事実としての正確さ」と「正しい解釈」とのあいだにギャップがある場合、報道はそれをどう扱い、いかに国民に必要な情報を伝えていくか。また受け取り手は、どうやって報道された記事を読み解く能力を身につけるか。科学報道の成熟と受け手のリテラシーがこれほど求められている時代はない、と言える。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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