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常識を疑え!

「病気作り」がなぜ問題なのか?

香山リカ(医師)

 いま医療の世界で注目を集めているワードに、「Disease Mongering」というのがある。そのまま日本語に訳せば「病気を売り歩くこと」となるが、現在はもう少し穏便に「病気作り」という訳語があてられていることが多い。

 では、ここで「病気を作る」のは誰なのか。それは、医学界でも患者さんでもなく、なんと製薬企業だと言われている。

 日本のテレビにもときどき、「なんだか頭痛が治らなくて」などと訴える人に続いて、アニメのキャラクターなどが「おっと、ご注意! その頭痛は〇〇病かもしれないんだ。早く専門医に相談したほうがいい」と勧める、といったCMが流れることがある。見た人は「ふーん、〇〇病っていうんだ」と耳新しい病名を覚えるとともに、「もしかしたら、叔母さんの頭痛もこれかも。病院に行くように話してみよう」と働きかけるかもしれない。こういったCMのスポンサーは、ほとんどの場合、製薬企業なのだ。

 なぜ製薬会社が「こんな病気があるんですよ」と新しい病名や知識を広めようとしているのか。製薬会社は「それはもちろん一般の人たちを啓発して健康増進していただくためですよ」と説明するだろう。しかし、実際にはその治療薬である商品の売り上げを増やすためだ、と言う人もいる。そして最近は、この疾病啓発キャンペーンは、製薬企業、医師をはじめとする医療関係者、さらには一部の市民団体の利益のために組織的に行われているもの、と批判する声も高まりつつある。

 では、疾病啓発キャンペーンによって「病気作り」の対象とされた疾患には、どんなものがあるのか。海外の医療系雑誌は、次のようなものをあげている。

「意図的に作られたり掘り起こされたりした可能性のある疾病としては、男性・女性の性機能障害、発達障害のADHD(注意欠陥多動性障害)、双極性障害(躁うつ病)、下肢静止不能症候群(むずむず脚症候群)、全身の痛みを特徴とする繊維筋痛症、慢性疲労症候群などがある」

 この中には、精神医療で扱う疾患も多い。このことについて「病気作り」に批判的なあるジャーナリストはこう言っていた。「どうして精神科疾患が“新しい病気”に選ばれるか、って? そんなの簡単じゃないか。まず検査で白黒つくわけじゃないということ、そして一度、診断がつけば治療が長くかかるということだよ。もしそれが胃潰瘍のような病気だったら、胃カメラで治療の必要があるかどうかは明らかだし、薬を飲んで潰瘍が消えたらそれで投薬もおしまいだろう。それに比べたら、精神科疾患の多くは患者さんの主観的訴えしか診断の決め手がないし、それが完全に消えるまで何年も薬を飲み続ける場合もあるからね」

 治療の現場にいると、実際には啓発はまだまだ足りない、と思うことも少なくない。いまだに「うつ病」についても十分な理解が得られておらず、服薬の必要性を納得してくれない人もいる。しかしその一方で、本来であれば服薬などをせずに経過を見るだけですむような症状に対して、「それは病気です。早く専門医のところに行って、薬を出してもらって!」という「病気作り」の動きも進んでいるわけだ。

 結局のところ、一般の生活者が賢くなって、正しい知識とともに行きすぎた啓発キャンペーンに踊らされない冷静さを身につけるしかないのかもしれない。また、私のような医療関係者も知らないあいだに不必要な「病気作り」の片棒をかつぐことなどないよう、「本当にこの治療は目の前の患者さんに必要か」と常に厳しく自分に問い続けなければならないのは、言うまでもないだろう。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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