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常識を疑え!

高橋克也容疑者のマインド・コントロールはなぜ解けないのか?

香山リカ(医師)

 17年もの逃亡生活を経ても、まだオウム真理教の信仰を捨てていなかったといわれる高橋克也容疑者。麻原彰晃教祖こと松本智津夫死刑囚によるマインド・コントロールがまだ解けていない彼も、ある意味被害者であるという説と、これは本人の意思による信仰であり被害者などではないという声とがある。

 もちろん正解がどちらかに決められるわけではないが、私は個人的には高橋容疑者は依然としてマインド・コントロールの状態にあると考えている。

 マインド・コントロールの条件として、そこに何らかの力関係、上下関係が存在するということが必須になっている。松本死刑囚は「空中浮遊」など自分には特殊な能力があると言い、何かにつけて自分と信者たちには絶対的な差があることを強調していた。たとえば、みんなでファミレスに行っても、自分だけはステーキやメロンといった高級な料理を注文する、といった具合だ。そういう違いを目の当たりにさせられるうちに、信者たちは教義の面だけからではなく、生活全体においても「この人には逆らえない。自分はすべてを教祖に捧げなければならないのだ」という確信を持つようになっていく。また、出家した信者は、食べるものから寝る場所までを教団にコントロールされ、そこから配給されたり指示されたりしなければ生きていくことさえできない環境に置かれる。

 そういう日々が続くうちに、いくら教祖が常識で考えれば間違いと思われることを言ったり命じたりしても、もはや信者たちはそれを疑うことさえなくなる。「この人の言うとおりにする以外に、自分には生きる道はないのだ」と思い込んでいるからだ。

 両者のあいだにある力関係をどんどん大きくしていき、それを使って相手を支配し、意のままに操る。これはマインド・コントロール以外の何ものでもない。

 最近、出版された弁護士・紀藤正樹氏の『マインド・コントロール あなたのすぐそばにある危機!』(2012年 アスコム)には、そのあたりの仕組みがわかりやすく書かれている。紀藤氏も、マインド・コントロールの支配下に置かれ社会的問題を起こした人に、「それはその人の意思だったわけだし」と安易に自己責任論を押しつける風潮を批判する。人は、力関係や上下関係の中では意外と簡単に「自分の意思」を手放し、相手の言うなりになってしまうものなのだ。

 紀藤氏は、日本の法律は「人の心の問題には踏み込まない」という原則で作られているが、このマインド・コントロールに関しては法的規制も必要ではないか、と主張する。すでにフランスには「無知・脆弱性不法利用罪」があり、自分で判断するのがむずかしい状況にある人をマインド・コントロールの影響下に置くことは、それだけで罪と見なされる。

 もちろん、人がどう考え、どう決めるかについて、いたずらに監視、規制するようなことはあってはならない。しかし、誰かが自分の利益や欲望のために他者の心を操作した結果、その人が法的、社会的な規範を侵してしまったときに、ただその人だけを責めてすまされるか、というとそれも違うはずだ。

 また、私たちはこのマインド・コントロールが思ったよりずっと簡単に起きて、一度、その状態になるとなかなか解けないことを理解し、自分にも問いかけてみる必要がある。「私は誰かにマインド・コントロールされていないだろうか? 本当に自分の意思で考え、決めているのだろうか? あるいは、誰かを半ば無意識のうちに支配し、自分の影響下に置こうとはしていないだろうか?」。自由に考え、自分で決める、というのは私たちが思っているより、ずっとむずかしいことなのである。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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