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常識を疑え!

景気対策はなぜわかりにくいのか?

香山リカ(医師)

 総選挙の大きな争点が「景気対策」であることは、経済に疎い私にも十分、わかっている。診察室にいても、「心の病」の原因が雇用の不安や収入減、生活苦からの借金といった「お金の問題」にあると考えられる人は少なくない。もちろん、景気がよくてお金さえ回っていれば誰もがハッピーになれるわけではなく、競争が激化したり欲に駆られて心のバランスを崩す人が増えたりして、さらにストレスが増大することも考えられる。とはいえ、「仕事がない」「給料がまた下げられた」とうなだれる人を見ていると、「とにかく景気を何とかしてもらわなければ」という気になるのも事実だ。

 選挙公約でも当然、各党が景気対策を打ち出している。その中でも目につくのが、「物価上昇目標2%」と明確に数字を打ち出してデフレ、円高からの脱却を目指した自由民主党案。安倍晋三総裁は金融の無制限緩和を実施するとし、政府に日本銀行の総裁解任権を与えるといった大胆な内容も含む日銀法の改正も視野に入れている。

 しかし、この安倍自民党の金融政策に対しては、批判的な声も少なくない。「実体経済の立て直しもなく物価だけが上昇すると、国民の生活はますます苦しくなる」「インフレ2%でとどめるといった神ワザは不可能。いったん物価上昇が始まるとあっという間にハイパーインフレに至って経済は破綻」「お金をジャブジャブ刷るという乱暴なやり方だけで景気が浮揚した例は他国にもない」などなど、聞けば聞くほど「安倍氏が言うほど簡単なことなのだろうか、万が一、失敗したら取り返しがつかないことになるのではないか」と不安になってくる。

 自民党案を支持する人たちは、「安倍総裁がインフレ目標を口にしただけで、株価も上昇、円安に振れたじゃないか」と主張する。「ほら、マーケットはこう言ってくれる人を待っていたんだよ」。

 しかし、と私は思うのだ。結局、株式や円の売買は、このように期待感や失望感に左右されて行われることが多い。つまり、国際的なマーケットを本質的に支配しているのは「気分」ということだ。だから逆に、少しでも「ああ、これはダメだ」というマイナスの気分が広がれば、その時点であっという間に国債は暴落、円の価値はなくなってしまう危険性もある。

 考えてみれば、私たちの消費にしてもこの「気分」に動かされている。入ってくるお金は同じなのに、12月になるとにぎやかな街の雰囲気の中でなんとなく「ものを買わなきゃ」と思ったり、逆にふだんは「1万円以上のセーターなんてとんでもない、衣料品は1000円くらいのもので十分」と必要以上に“安物買い”に走ってしまったり。

 知人の経済学者に、素朴な疑問をぶつけてみた。「インフレターゲットをもうける場合、具体的にはどういうやり方でインフレに持っていくんですか」。するとその学者は、即答した。「国民が“物価が上がりそうだな”と感じたその瞬間、まさにインフレが起きるんです」。思っただけでかなう、などというのはなんだかおとぎ話のようだが、歴史的に見てもそうとしか言えないというのだ。

 だとしたら、景気対策は政府主導でも中央銀行主導でもなく、国民の気分主導でしか実現しないということか。では、私たちが「なんとなく景気がよくなってきたね」という気分になるためには、何をどうすればよいのだろうか…。考え出すとますますわからなくなってくるが、いずれにしてもこんな社会状況の中、私たちはちょっとやそっとでは「不景気もそろそろ終わりそうだね、明るいきざしが感じられるな」などといった気分にはなりそうにないことだけは、政権をつかさどる人たちはよく知っておく必要があるのではないだろうか。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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