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連載

メンヘラ双六を上がった女

雨宮処凛(作家、活動家)

 さて、退院した彼女はまだ20代前半。実家に住みつつ精神科に通院し、バイトを始めた。書店員や販売員、派遣、コンパニオン、ホテルフロントなどさまざまな仕事についてきた。いづらくなってやめたこともあれば、大事にしてくれた職場もあった。
 そうして35歳。とうとう転機が訪れる。メンヘラ事情や飛び降り騒動を知らない友人の誘いで結婚相談所に登録したのだ。
「うちら年齢的にヤバいよねって、3人くらいで入ったんです」
 Y子さんが「相手に求める条件」として出したのが、「年収300万円以上」「身長165センチ以上」「年齢制限なし」。NGなのはギャンブルと喫煙、一人暮らし経験がない人。
 そうして結婚相談所で3人目に出会った人と、37歳で結婚したのである。メンヘラ人生急展開だ。
「どうですか結婚生活」と問うと、満面の笑顔で「4年目になるのにラブラブですよ!」という答えが返ってきた。旦那さんは11歳年上で、ある大企業の正社員。専業主婦となったY子さんは、「労働がいかに私を蝕んでいたか、専業主婦になって初めてわかりました」としみじみと呟いた。「それに、自分をクビにしない共同体は初めてです」。婚家との関係も良好な様子である。

 ただただ驚いていた。「結婚相談所で出会った人と結婚して、ここまで幸せになった人」と初めて出会ったからだ。いったいどういう奇跡? っていうか、お互い条件出し合うからここまでうまく行くの?
 もちろん、今の旦那さんを選んだ決め手の一つは「条件がメチャクチャいい」ということもあるという。が、もっと大きな決め手は、「男の汗とか匂いが大嫌い」なY子さんに、「この人の汗なら拭いてあげたい」と思わせた場面だった。デートで一緒にハンバーグを食べていた時、大汗をかく彼の姿を見てそう思ったのだという。確かに旦那氏の写真を見ると、爽やかな人で「おじさん」ぽさはない。身長は179センチだという。結婚相談所に、こんな好物件が隠れていたとは……。しかも相手も初婚。相手はY子さんに「一目惚れ」だったとのこと。
 しかし、ここで「精神障害者って知れたら」という悩みが浮上する。カミングアウトしたのは、初めて相手の家でおうちデートをした日。食事を終え、なんとなくいい雰囲気になり「結婚してください」とプロポーズされた時だった。「今だ!」と思い、すかさず彼を足で蟹ばさみにしたY子さんは病気の話をした。

「私はちょっと脳に欠陥がありまして、虚言癖とか妄想癖とかはないんだけど、たまにぐったりしちゃうのと、月に1回通院して毎日薬飲まなきゃいけないんですけどいいですか?」
 彼の返事は「いいよ」。そうしてその日、Y子さんは初めて彼の家にお泊まりした。
「男は蟹ばさみで落とせ」とは、この日一番のY子さんの名言である。その後、両家の親の挨拶などを終え、Y子さんが彼を連れていったのは信頼している主治医のもと。
「先生、この人と結婚します。私の取扱説明書的なことを彼に言ってください」と言うと、主治医は「彼女、こんな感じで大丈夫なんだけど、ゆっくりさせてあげて」と述べたという。
「暗に『働かせるな』みたいに言ってくれたんです」
 そうして37歳でY子さんは結婚。
「メンヘラ双六上がりですよ!」とは彼女の言葉だ。
 なんだか私は、胸が熱くなっていた。彼女は友人に、この結婚を「平成の下克上」と言われたという。東急プラザから飛び降りようとして新聞沙汰になり、首吊り自殺未遂もして、精神科に入院した彼女は、今、専業主婦という堂々たる立場を築いたのだ。しかも旦那さんが、奇跡のようにいい人なのである。

 もちろん、話を聞いていると、主婦として彼女が日々さまざまな努力をしていることが伝わってくる。メンヘラ女子にありがちと言われる「私をすべて受け入れて」系のことは一切しない。というか、今までの彼氏などにもしなかったそうだ。
「それって豚の丸焼き全部食べろってのと同じですよね。あなたの好きな部位を切り分けて差し上げます、と思ってる」
 なんだかとても含蓄のある言葉だ。
 ちなみにこの話を私のまわりの独身女子(特にメンヘラではない)にすると、全員がすごい勢いで食いついてきたのには驚いた。「すごい参考になる!」「羨ましい!」「私も結婚相談所に登録したい!」
 現在は特にメンヘラでなくとも、多くの女子が将来に不安を抱いている。このまま仕事を続けられるのか。今の家賃を払い続けられるのか。親の介護が始まってしまったら。自分が病気になったら。将来は孤独死か野たれ死にか……。アラフォー単身女子が集まると、絶望的なキーワードしか出てこない。

 この日、Y子さんが晴れがましい顔で言った言葉が、やけに印象に残っている。
「よく、結婚って“人生の墓場”って言うけど、墓場があるなんて素晴らしい。野ざらしの死体になるところでした」
 この人の言葉は常に的確だ。
 そんなY子さんに、悩める女子たちにメッセージを頂いた。
「死にかけたからこそ、あの時死ななくてよかったって思える。この喜びは、死のうとしたことがない人には味わえない。死ななくてよかったーって思います。私の経験を、役立ててくれる人がいればいいですね」
 一点の曇りもない笑顔で言ったY子さん。
 これが、現代社会を漂流し続けた一人のメンヘラ女性の「上がり」のストーリーである。
 もちろん、これからもいろいろあるんだろうが、「幸せ」と断言できる彼女の姿が、なんだかとっても眩しかったのだった。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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