格差社会の父親たち 〜目黒区虐待死事件から考える
雨宮処凛(作家、活動家)
たまりかねて離婚をお願いすると、小さな息子に「可哀想に、母親に捨てられるんだ」と雄大は言う。恐怖だけでなく、罪悪感にもがんじがらめにされて身動きがとれない。もし、自分だったら。優里と同じことをしなかった保証など誰にもないのではないか。小さな子どもが二人、人質にとられているのだ。
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結局、優里は結愛ちゃんを守ることができなかった。が、手記を読み進めていくと、行政がなんとかできる瞬間は幾度かあったということがわかる。しかし、「様子を見ましょう」という言葉で時間ばかりが過ぎていく。
結愛ちゃんの事件が起きた後、千葉県野田市で小学4年生の女の子が父親の虐待を受けた末に死亡した。父親はやはりDVで妻を支配するという、結愛ちゃんのケースと非常によく似た構図だった。そうして「しつけ」と称し、女の子には凄絶な暴力が振るわれていた。20年2月21日、傷害致死に問われた父親の裁判が千葉地裁で始まり、3月19日には判決が出る予定だ。
イクメンという言葉を持ち出すまでもなく、父親が家庭や子どもに関心を持ち、しつけや教育に熱心になることは「いいこと」「理想的」とされてきた。しかし、そこに父親の剥奪感や人生へのリベンジが持ち込まれた時、子どもの命は簡単に危険に晒される。
不在だった昭和の父とは対照的な、格差社会の父親のいびつな姿がそこにある。
次回は4月1日(水)の予定です。