親を「国際ロマンス詐欺」から守るには
雨宮処凛(作家、活動家)
数年前のこと。
ずっと推していた方(以降、「推し」)と、SNSを通じてお近づきになることができた。お近づき、と言うのはSNSを通じて連絡が取れるようになっただけのことなのだが、長年その人を推していた私は、それだけで有頂天。まさに「天にも上る気持ち」だった。
しかもこちらはネットのない固定電話時代から推していた身。「インターネットって、SNSってすごい……」とIT技術の進化に思いを巡らせ、「よくわかんないけどビル・ゲイツとかを拝めばいいのだろうか」と、アメリカっぽい方向に両手を合わせたりした。
それからしばらくして、ある食事会にその「推し」をお誘いした。「推し」と私の共通の知り合いも来る場だったのでお声がけさせて頂いたのだ。ダメモトでのお誘いだったのだが、なんと「推し」は来てくれるというではないか。私はまたしても、成層圏を突破しそうなほど浮かれていた。
しかし、その日が近づいてくるにつれ不安になってきた。
今、私が「推し」だと思って連絡を取っている人は、本当に推しなのか?
もしかしたら私、「推し」と名乗るまったくの別人と連絡取って浮かれてるんじゃないだろうか?
しかもそのうち、いろいろ理由をつけて金銭を要求されたりするのではないか?
っていうか、住んでる場所とかかなり個人的なことも伝えてしまっているが、なりすましだった場合、そういう情報が全部流出する可能性もあるのではないか?
食事会当日、私は「推し」に会えるかもという浮かれた気持ちと、「もし、『推し』と名乗る似ても似つかぬ別人が現れた場合、どうすればいいか」という不安と、「詐欺師を迎え撃つスナイパー」な気持ちが入り混じる中、神の審判が下るのを待っていた。
結果は、「『推し』、降臨」。
感激しすぎて、その日の記憶はほとんどない。
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さて、こんなことを書いたのは、ある「国際ロマンス詐欺」についての本を読んだからだ。
それは『毒の恋』(双葉社、2022年)。サブタイトルには〈7500万円を奪われた「実録・国際ロマンス詐欺」〉という言葉が躍る。帯には〈弄ばれた70歳の恋心〉〈「レディコミの女王」はなぜ“偽ハリウッドスター”に大金を貢ぎ続けたのか?〉という、ワイドショーとか女性誌が飛びつきそうなパワーワードが畳みかけるように三連発。
著者は漫画家の井出智香恵氏。本書には、2018年2月から21年6月までのおよそ3年5カ月にわたり、井出氏が「国際ロマンス詐欺」の被害に遭った顛末があますところなく綴られているのだが、その相手はというと、ハリウッドスターのマーク・ラファロ。もちろん偽者だ。
話は18年2月、井出氏のFacebookを通じてマーク・ラファロ (もちろん偽者)から連絡があったことから始まる。なぜマークかと言えば、彼女はもともと彼のファンで、次女に頼んでマークが投稿するたびに「いいね」をしてもらっていたという。おそらく、そんなことから詐欺師に狙い撃ちされたのだろう。
しかし、罠にかかったことなど知る由もない井出氏は「嬉しい、信じられない!」と無邪気に喜び、そこからハリウッドスターとのめくるめくトキメキの日々が始まる。翻訳機能を使って頻繁にやり取りされるメッセージ。映画の話、ハリウッドのゴシップなんかが語られ、そのうち、マークから夫婦仲は最悪で3年前から離婚調停をしているという秘密を打ち明けられる。
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何もかもができすぎた話だ。
だからこそ、知人から「ニセモノでは?」と指摘され、一時はほとんど連絡しなくなる。
が、疑う井出氏に、偽マークはビデオチャットをすることを提案。ビデオチャットであれば、本人でなければすぐわかる。そうして約束の日、モニターには、「ハロー、チカエ」と話すマーク・ラファロの姿があったのだった。
この出来事によって、井出氏は完全に「本物」だと信じてしまう(ちなみにビデオチャットはディープフェイクという技術を使った合成動画だったという。技術の進化にびっくりだ)。
そうして舞い上がった彼女に、信じられない奇跡が起きる。マークから突然プロポーズされるのだ。
70歳で、50代のハリウッドスターから求婚される。しかもビデオチャットで本人と確認済み。これは、沼る。誰だって沼る。結構な割合の女子がホイホイされるのではないだろうか。
さて、そこからは予想通り借金の申し込みが始まるのだが、「なぜ、ハリウッドスターなのにそんなに金がないのか」という疑問にはしっかりと解答が用意されている。離婚訴訟中なので、口座はすべて裁判所の管理下にあるというのだ。以前からしていた離婚調停の話は、ここで伏線としてしっかり回収される。
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借金の名目はさまざまだ。飛行機に乗り遅れた。怪我をした。怪我をしたマークの代わりにイタリアに行った友人がお金を盗まれてしまったなどなど。あっという間に600万円ほど貸してしまい、怪しいと思った頃に、マークから13億円を送るという申し出。
もうそこからは、息もつかせぬ怒涛の展開だ。
外交官を名乗る黒人男性が現れたり、家に13億円入り(もちろん入ってない)のキャリーバッグが持ち込まれたり、それが実はコカインだと言われたり、日本に来ると言ったマークがなぜかドバイに行ってしまったり、井出氏に届くはずのお金が韓国系マフィアに強奪されたりと、世界を股にかける展開は「国際ロマンス詐欺といえどもここまでやるか!?」と叫びたくなってくる。いったい、誰が脚本書いてんの? 詐欺師より脚本家に転職した方がいいんじゃないの? とアドバイスしたくなるほどだ。また、マークの紹介によって登場人物はどんどん増えていき、それによって雪だるま式にトラブルも増え、そのたびにお金が必要になる。最終的に井出氏は「長男を出産後に亡くした税関職員の母親」の飛行機代まで請求されるのだから、もう何がなんだかわからない。
しかし、借金やトラブルについて「すまない」と謝るマークを井出氏は許してしまう。
なぜなら、離婚した元夫はどんなにひどいことをしても決して謝らなかったからだ。
浪費癖があり、井出氏がレディースコミックで稼ぎ始めると働かなくなり、次々に女性と関係を持って愛人との間に子どもまでつくったという元夫。それだけでなく、井出氏をもっとも苦しめたのが暴力だった。肋骨を折るほどの怪我を負わされただけでなく、元夫は井出氏と打ち合わせしていただけの担当編集者を殴り、また子どもにも暴力を振るったのだという。結局、夫の作った3000万円ほどの借金を肩代わりすることなどでやっと離婚できたそうだが、このような「酷い男」と暮らしていた経験が、井出氏の「悪人センサー」の感度を落としていたのかもしれない。そう思うと、元夫の罪はあまりにも、重い。
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さて、詳しくはぜひ本書を読んでほしいのだが、この原稿を書いている最中、さらにスケールの大きい詐欺のニュースを知った。
今度はドバイどころではない。宇宙版の国際ロマンス詐欺。
ANNニュース「宇宙版『国際ロマンス詐欺』 65歳女性が440万円被害…実在“宇宙飛行士”名乗る人物も」(テレビ朝日、2022年10月10日)によると、被害に遭ったのは滋賀県に住む65歳の女性。「国際宇宙ステーション勤務」という外国人男性と今年6月、インスタグラムで知り合い、「地球に戻るロケット費用」「地球や日本への着陸料」などの名目で女性から440万円を騙し取っていたという。
っていうか、着陸って現金が必要なの? っていうか、NASAとかJAXAとか、なんとかしてやれよ……。頼るなよ、地球への着陸料を滋賀県の女性に。
と、第三者から見れば疑問だらけなのだが、恋は盲目。宇宙ステーション勤務の外国人は、「私が日本に着いたら、結婚してくれませんか。1000回言っても伝わらないけど、言い続ける。愛している」などとメッセージを送ってきていたという。
国際宇宙ステーションから届く、甘い言葉。一言でいって非日常の極みだ。トキメいたんだろうなぁ。じゃなきゃ、440万円も送金しないよなぁ……。
さて、この女性は60代。井出氏は70代。思うにSNSは、詐欺師にとってネット全般にうとい高齢の人々の絶好の「狩り場」になっているのではないか。そう思うと、今すぐ実家の両親に電話したい気持ちだ。
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