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連載

相模原事件から7年の日、橋田壽賀子氏の『安楽死で死なせて下さい』問題を考えた

雨宮処凛(作家、活動家)

 例えば60歳で亡くなった橋田氏の夫は、彼女と結婚するにあたって「自分が家にいる時は仕事をしないでくれ」と言ったそうだ。この言葉には仰天だが、橋田氏はあれだけの仕事をこなしながら、「夫の前では仕事をしない」を貫いたのだそうだからさらに仰天だ。バリバリ仕事をこなしつつ、男を立てて「妻」もこなした橋田氏。その完璧主義と自らへの厳しさが「安楽死」願望になっていったのだろうか。

 が、自分への厳しさは、それをそのまま口にするとやはり他者を傷つけてしまうこともある。例えば車いすなんて、トイレの介助なんて絶対に嫌という言葉は、その立場の人を傷つける可能性がある。それは直訳すれば「あんなになってまで生きたくない」ということだからだ。誰もが悪気もなく口に出してしまいがちな言葉だが、それが自分に向けられたらどうだろう。これほど存在を否定される言葉はないのではないだろうか。

 もうひとつ、この対談で驚いたのは、介護の仕事をする人に対しての橋田氏の言葉。

「だって皆さん、イヤイヤ介護をしているわけでしょう?」というものだ。

 これに対して上野氏は、「介護職の方は、お給料が少ないことに関しては不満を持っています。でも皆さん、仕事には誇りを持っているし、仕事がお好きですよ」と答えているのだが、「イヤイヤやっている」という言葉にちょっと驚いた。もちろん、介護の仕事は綺麗事では片付けられないわけだが、考えてみれば、橋田氏は介護保険なき時代を生きた世代。「嫁」が舅や姑の介護にどれほど苦労したかを知っているからこそ出た言葉なのかもしれない。

 それにしても、90代の人気脚本家が「仕事がなくなった」くらいで安楽死を望む社会はなんなのだろう(しかもおそらく貯金は山ほどあるのだ)。

 しかし、植松の主張ほど荒唐無稽でなくとも、世の中には、「利益を生み出さないやつには価値がない」といった価値観が溢れてもいる。ともすれば私自身もそんな価値観に飲み込まれそうになる。が、17年ほど前、「無条件の生存の肯定」を掲げるプレカリアート運動(プレカリアートは不安定なプロレタリアートという造語。市場原理主義のもと不安定さに晒される非正規などの人々が「生きさせろ!」と主張する運動全般を指す)に関わり始めたことで大きく変わった。

 この運動は一言で言うと、役に立たなくても、働けなくても利益を生み出せなくても生存は無条件に肯定されるんだ文句あんのかコノヤローというものである。

 よって私の周りには、かなり役に立っていない人たちが溢れているのだが、彼ら彼女らは「こんなぼったくり資本主義の役に立ってたまるか!」というスタンスで生きているので「役に立たない」自分を気に病むことなどない。また、「より役に立たず、より稼いでない方がすごい」みたいな価値観なので、月収数万円くらいの「最低限生きられるギリギリ」分くらいしか働かない人も多くいる。

 そんな人たちの中にいると、「頑張って稼いで日本経済の役に立って納税しよう」なんて気持ちは瞬時に消え失せ、「仕事なくなったくらいで安楽死」なんて言葉を鼻で笑えるくらいになってくる。

 が、そこまで達するには、「貧乏でも愉快に生きてる人たちのコミュニティー」みたいなものが不可欠で、そんなものはなかなか手に入るものではない。

 冒頭の記事に戻ろう。

 49歳の長男を亡くした女性は、最近、やまゆり園の慰霊碑に息子の実名を刻印したという。事件後多くが匿名を貫いた犠牲者たちだが、今になって、実名を慰霊碑に刻む遺族も増えている。彼ら彼女らの「生きた証」のひとつだ。

「障害者は不幸を作ることしかできない」――。そう主張して事件を起こした植松だが、施設に勤め始めた当初は障害者を「かわいい」と言っていた。が、「1日中、車いすに縛られ」ていたり、「食事もドロドロ」という状況を知るにつれ「かわいそう」と言うようになり、それが突然「殺す」に飛躍した。

 2年ほど前、私はやまゆり園の入所者が事件後に移った別の施設を訪れている。

 そこには、「1日中、車いすに縛られていた」女性も移ってきていた。やまゆり園ではずっと拘束されていた彼女は、新しい施設で拘束を解かれ、リハビリを受けて歩けるようになり、資源回収の仕事をするほどに元気になっていた (その様子を撮影した映像を見せてもらった)。

 変わったのは彼女だけではなかった。やまゆり園では「手がつけられないほど暴れる」と言われていた強度行動障害の若者たちは、リサイクルの仕事に汗を流していた(こちらは実際に見学した)。やまゆり園とは違い、毎日作業に行き、仕事に汗を流して「お疲れさま」と言われる日々。障害に深い理解のある職員たちの支援を受けることによって、彼ら彼女らの生活の質はびっくりするほど上がっていた。

 このような環境で生き生きと過ごしている姿を見ていたら。植松はおそらく、「かわいそう」とは思わなかったのではないか。そうしたら、あんな事件は起こらなかったのではないか。

 そう思って、橋田氏の言葉を反芻する。彼女が「人に迷惑をかける」ことを異様に恐れたのは、老いて身体が動かなくなった時、尊厳のない状態で放置され、嫌々介護する人に乱暴に扱われると思っていたからではないだろうか。

 残念ながら今もそのような施設や病院は存在する。それはそれで改善しなければならない大問題だが、とにかく私たちは誰もが病み、老いていく。障害を持つことだってある。その時に安楽死しなければいけないと思う社会ではなく、ちょっとくらい老いても病んでも自分らしく生きられるような社会の方が生きやすい。

 そのためには、「これができなければ生きる価値がない」という自らの思い込みからまず解放される必要があるのではないだろうか。

 仕事が減っても役に立たなくても誰かの世話になったとしても、「生きてていい」と思えること。

 そうじゃないと、これから先の人生、辛いことばかりになってしまう気がするのだ。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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