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「若者たるものクリスマスには高級ホテルでセックスしなければならない」と法律で義務づけられていた(かのような)時代 〜恋愛に「全員強制参加」ハラスメント

雨宮処凛(作家、活動家)

 一方、当時の男性にかかる圧も凄まじかったと思う。「ヤラハタに人権なし」だけでなく、「経験人数が多い者勝ち」という露骨な「数の競争」の中、全然そういうキャラじゃないのに苦行のようにナンパを繰り返す人もいた。また、私は高校卒業と同時に上京したのだが、上京後に出会った男性の中には、「渋谷に来たんだからセックスしなければ帰れない」と自分自身にノルマを課し、一人「帰れま10」のようなことを何十年も先取り開催している人もした。自縄自縛な感じが悲惨すぎて、思わず遠くから合掌したくなった。

 そういう意味では、令和の現在は、なんと生きやすいのだろうと思う。別に恋愛しなくてもセックスしなくてもいい。というか、少なくとも、昭和のような「全員強制参加」の「圧」はない。恋愛やセックスに前向きな人もいれば、そうでない人もいるということが当たり前に許容されている。

 童貞・処女のまま20歳を迎えるプレッシャーも以前よりは軽減されていそうだし、それどころか「彼氏彼女いるの?」なんてのがセクハラになりうる時代だ。性的指向もそれぞれということがある程度認識されているので、人のセックスに土足で踏み込む文化が一掃された感がある。

 それに比べて、平成初期に10代後半から20代を過ごした私は、なんと「ありもしない欲望」を植えつけられていたのだろう……とちょっと怖くなる。

 若かりし日を振り返れば、お互い少しも好きじゃないし、なんならやりたくすらないのに、「若者たるもの」的な時代の空気に流されるようにして致した経験が少なくない数、思い浮かぶ。

 今思うと、当時のそんな行為の背景にあったのは恋愛感情よりも欲望よりも、「みんなやってるから」という義務感がもっとも大きかった気さえするのだ。

 翻って、現在。「若者の恋愛離れ」などと言われて久しいが、その圧が軽減されたのであれば、それは手放しで喜ばしいことだ。

 しかし、そんな「圧」や「呪い」に苦しむ人々は今もいる。

 特に数年前、あるおじさん雑誌がやたらと「死ぬまでセックス」みたいな特集を組んでいた頃には、「死ぬまで現役でいたい」「死ぬまでに20代を抱きたい」といった見出しを見るたびに、いたたまれない気持ちになった。

 同時に、中高年になっても「ヤラハタに怯える昭和の中学生」と同じような呪いに翻弄される日本人男性って、女性とは別の種類の虐待を受けているようだな、と遠い目になったことを覚えている。

 もちろん、令和の若者の中にも「若者たるもの」的な呪いに苦しむ人はいるだろう。自分の欲望が植え付けられたものなのかそうでないのかに悩むこともあるだろう。

 だけど、「みんながそうだから」とかなら、一歩立ち止まってみることをオススメしたい。

 以上、昭和生まれが久々にエロコンテンツを目にして動揺し、いろいろ思ったことを書き散らしてみた。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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