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連載

同業者の「死にかけ」経験から自らを省みたり「介護脱毛」を考えたりするアラフィフ

雨宮処凛(作家、活動家)

 確かに数年前までは、文芸誌に軒並み書いていたし、本も多いときは一年に八冊ほど刊行していた頃もあった。その後、本が売れず、仕事は減っていき、今にいたる。それでも何社かとはつきあいがあるし、生活はできていて不自由はなかった。

 多忙な頃は、精神的にも肉体的にもきつかったし、眠れなくなり精神科で睡眠薬を処方され、今にいたる。あんな状態を続けていたら、それこそ早死にする。

 だから、今、五十歳を過ぎてからの、そこそこ時間に余裕がある生活は、多少の先行きの不安はあっても快適だったのだ〉

 この部分を読んだ時、自分の肩からスーッと力が抜けていく気がした。それは自分の中から毒が消えていく感覚に近くて、そうか、そんなふうに考えてもいいのかということに世界が反転する思いだった。

 なぜなら、物書きとして、常に「全盛期を取り戻さなければならない」という呪いのようなものが自分の中にあったからである。だけど、それって私の勝手なこだわりで、自分を苦しめるだけのものだったのだ。そう、私だって来年には50歳になるんだから、「そこそこ時間に余裕のある生活」を目指したり、それを肯定したっていいのだ。

 そう思った瞬間、「年齢を味方にする」という言葉の意味が生まれて初めて理解できた。今まで、それがどういうことなのかさっぱりわからなかった。逆に50代や60代になった途端、急に年寄りぶって大切にされたがったりする人を見ると、その変貌にちょっとズルいとさえ感じていた。だけど、こういうことだったのか。というか、これからは私もこの路線で行けばいいのだ。そうしたら、あらゆることに「いやいや私も50代になるから何事もほどほどにと思ってね」などと言えるではないか。あまり乗り気でない仕事や行きたくない飲み会なんかを断る絶好の口実にも使えそうだ。

 それにしても、本当に、50代を迎えようというのに、なぜ体力バリバリの30代並みの仕事量をこなさなければならないと思っていたのか。「同業者は基本全員がライバル」という世界ゆえ、私には、仕事との関わり方について語れる人は一人もいない。仕事の仕方や向き合い方までが究極の企業秘密というフリーランスの世界である。そんなことを誰とも共有しないのが当たり前と思ってきた。

 しかし、年々、いろんなことがキツくなっているのも事実だ。だいたい23年間、一度も休まずに毎年最低1冊は本を出すということだってかなりの偉業である。もう、誰も褒めてくれないから自分で自分を褒めるしかないけれど、なぜそれが続いてきたかと言えば、「年に1冊も出せないなら生きる価値がなく自殺するしかない」とどこか本気で思っているからである。常日頃、人間の生存は無条件に肯定されるべきなんて言ったり書いたりしてるくせに、自分に対してはまったくそれを適用していないのだ。なんなんだこの矛盾。こんなんじゃ、自分があんまりにもかわいそうじゃないか。

「あれから一年が経ち……」という最後の章で、花房さんは〈自分を大切にしないと、人はわりと簡単に死んでしまうということが、やっとわかった〉と書く。

 本当にその通りだ。私が私を大切にしなければ、いったい誰が大切にするだろう。私しか私を大切にできないのだ。

 そう思う私の傍らには、生まれて1年の猫。

 やわらかくあたたかい命を撫でながら、この子の寿命までは元気でいなくてはと今、改めて決意している。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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