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ある日突然、「お父さんはあの事件の犯人」と言われたら。衝撃的すぎた『爆弾犯の娘』

雨宮処凛(作家、活動家)

 ちなみにここで書いておきたいのは、派出所に仕掛けた爆弾は爆発前に配線コードが切られて爆発しなかったということ。また、所属したグループの事件で死者は出ていないことも書いておきたい。が、怪我人は出ているわけで、もちろん許されることではないことは強調しておく。

 さて、そんな事件の果てに父親は潜伏生活をしていたわけだが、驚くべきことに、梶原氏と同居していたのだから警察もびっくりだろう。

〈我が家に隠れるようにして暮らしている、青白い顔の『あいつ』。あいつは、靴を持っていない。靴だけではない。あいつには、名前がなかった。しかも最悪なことに、あいつは私の父親だった〉

 本の表紙をめくったところにある文章だ。

 そんな潜伏犯である父親との生活では、さまざまな「掟」が彼女を縛る。

 まず、家の場所を誰にも教えられない。「母と娘の二人暮らし」だと周囲には言わなくてはならない。枕元には各々のボストンバッグを置いておくというのも掟のひとつ。何かあればすぐに逃げられるようにするためだ。そして肌身離さず持っていなければならない「お守り」。大変なことが起きた時しか見てはいけないと言われていたものの、中を開けると以下のような言葉があったという。

〈明日の朝、私たちがいなくなっていても一人で強く生きていってね〉

 なかなかハードな人生ではないだろうか。

 そんな父親との日常は「茶番」にも満ちていたようで、例えば母とともに家に帰宅すると、父親は「おかえり。僕もさっき戻ったところなんだ」と、電気のついていない部屋から迎えるそうだ。

 トイレにはいつも溜まったまま流されていない尿。母は、「あいつ」は自分たちが学校や仕事に行った後に会社に行き、自分たちが帰る少し前に帰宅してくると言う。が、靴がないのにどうやって外に出るのか。

 それ以外にも謎は多い。

 なぜ、電話のベルが3回鳴って切れて、を3回繰り返さないと電話に出ないのか。「ジンミンノコ」とは、どういう意味なのか。なぜ、交番の前を通ってはいけないのか。「困った時は110番」もしてはいけないのはどうしてなのか。

 結果、子ども時代の梶原氏は迷子になった時もお巡りさんに「完全黙秘」を貫いたため、なかなか迎えに来てもらえなかったというから、なんというか、罪深いけど、味わい深い。

 そんな生活の中、母が交通事故に遭ったりと大変なことが次々と起こってもうページをめくる手が止まらないのだが、読み進めていくうちに、「東京の潜伏爆弾犯であり元役者のもとに産まれた子どもの文化資本の高さ」ということも突きつけられた。

 例えば彼女は小学生にして東京・新宿の花園神社で開催された「状況劇場」の芝居を見ている。言わずと知れた唐十郎氏の劇団の芝居に、母に連れられ行っているのだ。その歳で状況劇場を体験できるなんて、なんという英才教育、とため息が漏れてくる。

 初めて見た翌年にもまた行き大きな衝撃を受け、〈この先、大人になっていろんな芝居を見るかもしれないが、この芝居はトップの座を明け渡さないだろうな〉という気がしたというから贅沢すぎる環境だ。 脚本家になるべくしてなったようなものではないか。

 ちなみに同時期(1980年代なかば)、北海道の田舎の小学生だった私はシブがき隊のモッくんに夢中で、2人の弟と『コロコロコミック』を奪い合うという日常を過ごしていた。

 そんな梶原氏だが、ある日、母親に父親についての真実を知らされる。

 そこからの展開も凄まじいのだが(読んで)、やはり本書にはところどころ、「文化資本」の高さが顔をのぞかせる。いや、これはただの私のひがみでありやっかみである。が、どうしても、そういうところがつい目についてしまうのだ。

 例えば梶原氏は中学生になると役者を目指し、高校生の作った劇団に入る。

「私、役者になることにした」と母に報告すると、母は「古い友達」のところに連れていってくれるのだが、それは映画監督の若松孝二氏。「ピンク映画の黒澤明」などと言われ、『愛のコリーダ』(日仏合作、1976年)をプロデュース、2010年には寺島しのぶ主演の『キャタピラー』(若松プロダクション)が大きな話題となった。その稀代の名監督がなぜ母の「古い友達」なのか。

 そんな若松氏が会ってそうそう中学生の梶原氏に教えたのが、「男と二人で写真は撮るな」ということと、「ギャラは取っ払いのお車代で源泉徴収ナシ」のふたつ。

 本書にはこのように、父親が元役者で潜伏中の活動家であるからこそのありえない人脈が登場し、そのたびに羨ましいやら妬ましいやらで地方出身者のルサンチマンが刺激されまくるのだが、そんな中でちょっとほっこりしたのが、中学時代の彼女がしっかり尾崎豊とブルーハーツとリヴァー・フェニックスにハマっている描写。

 いやいや、サブカル好きな同世代が悶絶するようなアングラ人脈の中にいるのにそこに行くんかい! と思わず突っ込んでしまったのだが、この面々にハマっている人なら北海道の田舎町にもたくさんいた。ぐっと梶原氏を身近に感じた瞬間だ。

 さて、あまり詳しく書くとネタバレになってしまうのでこの辺にしておくが、私はよど号娘たちとの付き合いから、「親がハイジャッカーで国際指名手配犯って本当に大変」ということは痛感していた。

 そもそも北朝鮮で20年以上過ごして日本に適応するのは並大抵のことではない。しかも02年からは、親が「拉致疑惑」の渦中の人となったのである。娘たちにも心ない言葉が多く投げつけられたことも知っている(もちろん、拉致問題の早期解決が重要であることは言うまでもないし、よど号グループはすべてを明らかにすべきとも書き続けてきた。が、子どもたちに罪はない。それに彼女らはさまざまな事情で早くから親元を離れていたのだ)。

 また、私は元赤軍派議長の塩見さんの息子とも同世代なのだが、会ったこともない息子に、ずっと勝手に同情していた。

 なぜなら、生まれてから20歳頃まで父親は刑務所。出てきたと思ったら亡くなるまでの30年近く、「世界同時革命」を本気で目指していたからである。お父さんが一生「革命」とか言って全身全霊で反権力・反体制だったら。子どもはおちおち反抗期も迎えられないのではないだろうか。

 しかし、この本を読んで、「親が爆弾犯で潜伏生活をしているのも大変」ということがよくわかった。文化資本が高いところは羨ましいが、それ以外は苦労が絶えない。何しろ、父親は働くことができないので、母親が生活を支えなくてはならないのだ。

 もうひとつ、思ったことがある。それは私たちが知らないだけで、同世代の「人民の子」って実はたくさんいるのでは……ということだ。

 さて、その後、何をどうしてどうやって彼女が脚本家となったのか、そしてこの家族がどうなったか知りたい人は、ぜひ『爆弾犯の娘』を手に取ってほしい。

 掛け値なしに面白い一冊であることは、私が保証する。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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