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連載

変革への闘い

「ラテンギャング・ストーリー」4 塀の中のドン

工藤律子(ジャーナリスト)

 中米ホンジュラスの首都テグシガルパで牧師を務めるアンジェロ(35歳)は、かつて大物ギャングだった。インタビューを申し込んだ私に、彼は自分が12歳でスラムの少年ギャング・リーダーとなり、16歳までにその世界で名の知れた犯罪者となった経緯を語った。そこには死への不安も見えたが、銃と権力を持つことで、彼はその恐怖を打ち消し、ギャング人生を突き進んでいた。

「16歳の頃、すでに120件の犯罪で告発されていました。しかし警察が私を捕まえることはありませんでした。私が本当は誰なのか、わからなかったからです」
 アンジェロはそう言うと、ちょっと得意げないたずらっぽい笑みを浮かべた。それから、「一流の犯罪者」らしい逮捕逃れの手口を話し始めた。
「私はいつも偽名を使っていました。そして出歩く時は、身分証明書というものを一切持ち歩きませんでした。ですから、たとえ警察が名前と居場所を突き止めてやってきて、“おまえが○○か”と詰め寄っても、知らぬふりができたのです。誰も私がその人物だと証明することができませんでしたからね」
 確かに本人確認ができないというのは、言い逃れのための良い手段だ。しかも常にそうやって警察を出し抜くとは、さすがは「プロ」。
 そう感心しながらも、私はふと、長年メキシコの首都メキシコシティで取材してきた路上暮らしの少年たち=ストリートチルドレンとして生きる友人のことを思い出していた。彼らはちょっとした盗みといった軽犯罪に関わることはあるが、アンジェロのように大きな犯罪をたて続けに行うようなことはしない。それなのに、彼らを支援するNGO(非政府組織)の施設のスタッフに対して、よく偽名を使う。家で自分を虐待していた親や親戚、以前世話になった施設スタッフなどに居場所を知られないようにするためだという。
 虐待の加害者から隠れようとするのはわかるが、面倒をみてくれた施設スタッフからも姿を隠すのは、なぜだろう? 最初は疑問に感じた。だが結局は、「自由」のためではないかと思うようになった。
「親にすら愛されず、どうせろくな人間にはなれない自分の人生に、あまり構わないでくれ。僕は路上で自由気ままに生きるだけでいいんだ……」。少年たちのそんな声が聞こえてくる。NGOからすれば、効果的な支援ができるよう、その少年の名前をもとにほかの施設や役所など、様々な場所にある記録を集めて、その子どもが抱える問題をよりよく理解したいわけだが、路上少年たちはそれを許さない。きちんと面倒をみてもらいたかった幼少期に、貧困家庭で親に放置されたり、強制的に働かされたり、虐待されたりして家を飛び出した彼らは、自分をよく知られることを恐れ、誰とのつながりにも多くを期待せず、何からもできるだけ自由でいることで、自分を守ろうとする。自由こそが、彼らが手に入れた唯一の自己防衛手段なのだ。本当は、路上生活にもそれなりのしがらみがあり、決して自由なわけではない。が、それでも、自分の名前と真の姿を否定することで、つらい過去から離れ、自由に生きている気分になれるのだ。
 偽名を利用することで、アンジェロも近しい仲間以外の誰からも自分の姿を見えなくして、自由に犯罪行為を続けた。その冷酷で鮮やかな手口に、多くのギャングは敬意を表していたが、同時に、彼と勢力争いを演じようと意気込む連中も現れる。そんなやつらは、アンジェロたちの地元で、殺人事件まで起こし始めた。
「その頃私はもう18歳をすぎて、(ホンジュラスでは)成人していました。そして現実をみて、自分はやや調子に乗りすぎているのではないか、と感じるようになっていました」
 彼が大物になればなるほど、敵となるギャングも凶悪になっていった。
「このままだといつ死んでもおかしくない。そう思い始めていました」
 ところが19歳になった時、幸か不幸か、その運命は別の方向へと向かう。
 アンジェロは、組んでいた手をほどき、両方の手のひらをテーブルの上に付いて肩の力を抜くと、ニヤリとしてこう言い放った。
「私はそろそろ結婚しようと考え、手続きを始めたのです。ところがそのせいで、警察に捕まってしまいました」
 予想もしない展開に、私は思わず目をぱちくりさせた。
「え、それって、どういうことですか?!」
 あれほど巧みに警察の追跡を逃れてきた男がなぜ、急に逮捕されるのだ。しかも「結婚の手続きを始めたせいで」とは一体、どういう意味か? 
 疑問だらけの顔を前に答えを与えねばと考えたアンジェロが、両手を組み直して話を続けた。
「逮捕の3カ月ほど前、私はつき合っていた恋人との結婚を決意し、婚姻手続きをするために、役所で身分証明書を発行してもらいました。そしてそれを自宅に保管していました。と、ある日、私が家で昼寝をしていると、外で何やら不審な気配がしたのです。出て行くと、そこには大勢の警官とギャング仲間がおり、外見が私とよく似ている兄が警官に囲まれていました。私に気づいた警官たちは、“あれがアンジェロなのか?”と言いました。まわりにいた連中が“そうだ”と応じると、警察は家宅捜索を始め、私は逮捕されました」
 皮肉にも、結婚のために作った身分証明書が、この大物ギャングの身元を警察に証明したのだ。
 こうして12歳から始まったアンジェロのギャング・リーダー生活は、1998年5月、彼が19歳の時ついに幕を閉じた。少なくとも、シャバにおいては――。

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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