「ラテンギャング・ストーリー」14 「性暴力」を生き延びる少女たち
工藤律子(ジャーナリスト)
(→第1回「移民危機の最前線『メキシコ南の国境』」はこちらへ)
中米から米国へ向かう移民の波は、今年(2018 年)、10月半ばに「移民キャラバン」が出現する以前から、しだいに大きくなっていた。極度な貧困とギャング団「マラス」の暴力から逃れようと旅するホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラの人々を前に、メキシコ政府は米国の圧力に屈し、彼らを「南の国境」で食い止めようと必死だった。移民の安全と人権を守るために奔走する国連やNGO。その支援を受ける移民の中には、大勢の女性や少女たちがいた——。

ホンジュラスの首都テグシガルパの貧困層の暮らしには、マラスの脅威がつきまとう。背中は、巡回する軍警察。 撮影:篠田有史
少女を襲う多重暴力
首都メキシコシティで今年9月、長年ストリートチルドレンを支援しているNGOの事務所を訪ねた際、20年来の友人であるプログラム運営責任者の男性(54)が、突然こう切り出した。
「新たに、中米からの移民少女のための施設も開きたいと考えているんだ」
彼はいつも、重大な問題に気付くと、すぐに何とかしようとするタイプの人間だ。数年前には、路上生活をするシングルマザーの母子を受け入れる施設を開設した。今度は「移民少女」か。聞けば、最近、メキシコシティの北を走る鉄道沿いの町で働く彼の知人が、「移民の少女を大勢見掛ける」と話しているという。
この問題が気になった私とフォトジャーナリストの篠田有史は、10月、南の国境で活動する人権団体「フライ・マティーアス・デ・コルドバ」の広報担当のリタ(42)に、詳しい話を聞いた。開口一番、彼女は、「移民の中で、少女や若い女性の割合が増えたのは事実です」と言った。
「彼女たちを受け入れている施設では、この変化について、こう話しています。以前は、家族が雇った不法入国の手配人とともに米国へ旅する途中に、数日間だけ滞在する女性や少女が主だったのが、最近は単独でやって来て、メキシコの入国管理局に拘束されるまえに難民申請をし、施設で手続きの完了を待つ少女が増えている、と」

ストリートチルドレン支援NGOの女子定住施設で、日本人ボランティアと工作をする少女たち。 撮影:篠田有史
難民申請をするのは、申請書が正式に受理された段階で渡される書類があれば、結論が出るまでは保護され、合法的に滞在できるからだ。
米国で子ども移民を支援するNGO「KIND(KIDS IN NEED OF DEFENSE)」と「フライ・マティーアス・デ・コルドバ」が17年6月に出した報告書によれば、メキシコから祖国へ強制送還された中米の子ども移民に占める少女の割合は、12年の17%から16年には25%に増加した。米国国境で保護された子ども移民では、23%から33%前後に。危険を覚悟で旅に出るほど、少女たちは追い詰められているということだろう。
「少女たちが移民となるのは、家庭内、あるいは地域で受ける性暴力が深刻化しているうえ、被害少女に対する心身のケアや支援がないために、彼女たちが居場所を奪われるからです」
リタによれば、それはまさにジェンダーを理由に生まれる、複数の暴力の積み重ねだ。メキシコを含む、男性優位主義(マチスモ)が根強い「途上国」の貧困層においては、少女たちが、幼い頃から家庭で、実父や義父、おじ、兄など、同居男性の誰かに体を触られたり、セックスを強要されたりすることがある。自宅のある場所がマラスの支配地域であれば、家の外でも、マラスメンバーによって同じような目に遭わされるか、遭わせると脅される。マラスは通学・通勤路や学校、職場、どこにでも入り込んでいるため、逃げ場がない。家事手伝いに出された先での被害もある。そんな家庭や地域を離れるために、恋人の元へ走る者もいるが、そこでまた暴力を受けることも多い。「KIND」が保護した移民少女のうち、64%は性暴力の被害者だという。
たとえ「強要された」にしても、一度「不道徳な性的関係」を持った少女は、疎まれ、守られることがない。相談相手も公的支援もないなか、自分自身を責める羽目になり、沈黙を強いられる。
そうやって積み重ねられる暴力と周囲の冷淡な目から逃れる道は、「移民」しかないのだ。移民となってからも、問題が待ち受けている。旅で出会う見知らぬ男たち、人権を守るべき立場にある警察官や国家移民庁(入国管理局)の役人、入国管理局の勾留センターにいる大人から、暴力を受けることもある。心から安らげる場を見つけるのは、至難の業だ。

保護施設に滞在している少女(15)は、マラスに「仲間にならないのなら、2日以内に国を出ろ。でなければ死ぬぞ」と脅され、出国した。 撮影:篠田有史
21世紀の奴隷
メキシコで難民申請を行い、苦難の末に、幸運をつかみつつある少女もいる。
8月末、私たちは日本人の学生らと一緒に、メキシコシティにあるストリートチルドレンのための女子定住施設を訪れ、十数人の少女たちと工作をしたり、食事をしたりした。すると別れ際、住人の一人でホンジュラス人のアリシア(仮名・17)が、はにかみながら、こう挨拶した。
「今日はみなさんから元気をもらいました。ありがとう」
その後、私たちは彼女にインタビューをする機会を得た。施設の一室で同じホンジュラスから来た14歳の少女と二人で待ち受けていた彼女は、自身の経験を自由に話してほしいと告げる私に、身の上話を始めた。
「この施設に来て、まだひと月も経ってないの」
そう微笑むアリシアの人生の記憶は、ホンジュラスの田舎にいた2歳の頃にさかのぼる。彼女には8人のきょうだいがいるが、当時は姉と実母との3人暮らしだった。兄3人は実父と米国へ行ってしまい、結婚しているもう一人の姉は別居していた。下の3人は、後に母親と別の男との間に生まれた。
「母が病気になって、クランデーラ(先住民の伝統的治療を実践する女性)に治してもらいにいったの。2カ月ほど彼女の家に滞在して、治療を受けたわ。完治した時、母が治療費を払うお金がないと言うと、クランデーラは姉と私、どちらかを置いていけばいいと言ったの。母が、“どちらがよろしいですか?”と尋ね、私が選ばれた。まるで商品のように」
他人の家の子どもにされた少女は、そこの家の娘二人のいじめに耐えながら、3年間過ごす。その後、家を飛び出し、姉夫婦の元へ行くが、義兄がお酒に酔うと暴力を振るったため、今度は母方の祖母の家へ。
「祖母はかわいがってくれたけど、7歳になる頃、“申し訳ないが、もう学校に通わせる余裕がない”と言った。私はどうしても学校に行きたかったから、先生に“勉強が続けたい”と訴えると、“住み込みで家事手伝いをするなら、文具も何もかも援助して学校へ通わせてあげる”って」
それからの2年余り、彼女はその女性教師の家で、毎朝4時に起きては鶏小屋の掃除や餌やりをこなし、7時から正午まで学校で勉強して、帰宅するとまた家事に勤しんだ。
「大変だったけど、学校に行けるだけで、幸せだった」
その後も、別の教師の家を転々としながら、住み込みで働き、学校へ通う生活を送った。
「3軒目では、そこの17歳くらいの息子が、私にセクハラ行為をしてきた。先生に言ったけど、信じてもらえなかった。その家では、皆がごちそうを食べている時も、私だけは何ももらえなかった。寝室も与えられず、いつも書斎の机の下で寝てたわ」
人間扱いされない暮らしに疲れ果てた頃、祖母が迎えにくる。10歳になった少女は、祖母と暮らしながら学校へ通い、バナナ売りの叔母の手伝いをして、家計を助けた。そして、何とか中学進学までこぎつける。

アリシアは、貧困層を描いたテレビドラマのような壮絶な人生を、淡々と語り続けた。 撮影:篠田有史
マラスから逃れる
「中学には、首都テグシガルパにいる叔母の家から通ったわ。仕立屋をしていた叔母が、学費を援助してくれたの」
ところが、それがマラスとの遭遇のきっかけとなる。通学路にある狭い路地に、マラスの青年たちがたむろしていたからだ。学校内にもマラスメンバーがいた。
「路地を歩いていると、(二大マラスの一つ)「18(ディエシオチョ)」の連中が、“仲間になれよ”と、声をかけてきた。何とか断わり続けていたんだけど、ある時、こう脅された。“おまえの住んでる場所も家族も知ってるぞ。今日は黙って俺たちに付いてきてもらおう”」
ギャング青年たちは、彼女に目隠しをして車に乗せ、アジトに連れていく。木板とトタンで作られた小屋で、大量の武器があり、そこで一人の青年が椅子に手足を縛られ、拷問されていた。アリシアは、その正面に置かれた椅子に座らされる。青年は、18メンバーの恋人を殺害したために捕らえられた、敵対するマラスのメンバーだった。
「彼は、“本当のことを吐かないと殺すぞ”と脅され、“エル・サポ(彼のボスのニックネーム)に命じられただけなんだ”と、泣き叫んでた。エル・サポの居場所を聞かれてたけど、知らない様子だった。でも、18の連中は容赦しなかった」
彼女は恐怖に震えながらも、目をほんの少しだけ開いて、青年の運命を見届けようとする。そして、「知らない」と繰り返すたびに、青年の指が1本ずつ、その次は舌が、ナイフで切り落とされていくのを目撃する。
「最後に腕を切られた瞬間、息絶えてしまった」
淡々とした口調と残酷な事実のギャップが、聞く者の恐怖を増す。
彼女自身は、その日、特に危害は加えられなかったという。だが、彼女の言葉が本当ではない可能性もある。性暴力を振るわれても、被害者は真実を理解されない恐れや羞恥(しゅうち)心から、容易には口にしないからだ。