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連載

変革への闘い

「ラテンギャング・ストーリー」15 迫るマラス、揺れる移民の心

メキシコ国境編3

工藤律子(ジャーナリスト)

 彼と一緒に座っていたホンジュラス人の青年二人は、まもなくメキシコを縦断する貨物列車の屋根に乗って、米国まで旅を続ける決意だと述べる。米国の壁は高いのではないかと問う私に、一人(26)が熱っぽくこう答える。
「そこにしか希望がないんだから、仕方がないじゃないか。そもそも中米の状況は、その米国の都合で作り出されているんだし。政治もそうだ。ホンジュラスの大統領選挙だって、米国は左派政権になると困るから、あんな結果を認めたのさ」
 昨年、選挙不正に抗議し、やり直しを訴える国民や、「選挙結果は信頼性に乏しい」と発表した米州機構選挙監視団を無視して、米国は保守派与党のフアン・オルランドエルナンデス大統領の再選を認めた。その裏には、エルナンデス政権が米国の移民政策や新自由主義経済政策はもちろん、ドナルド・トランプ大統領の「エルサレムはイスラエルの首都だ」という主張まで支持してきた事実がある。つまりその青年は、米国自身が、中米の民主主義と自由をねじ曲げてきた結果が、この移民危機だと言いたいのだ。だとすれば、米国は自らの首を絞めているということになる。
 メキシコでは、10月半ばに始まった「中米からの移民キャラバン騒動」が、1カ月以上過ぎた11月現在も続いている。エルサルバドル人を中心とする第5陣までがメキシコに入り、最初のキャラバンの2000人以上は、11月半ばに米墨国境の町、ティファナに到着した。この町に集まる中米移民の数は、さらに増え1万人規模になるだろう。彼ら共通の望みは、難民として合法的に米国移住を認められることだが、トランプ政権がそれを叶える確率は低い。
 米国により、移民への対応を押し付けられた形のメキシコは、メキシコシティやティファナといった移民の集合地点となっている都市で、公共施設を開放し、食事や入浴、医療などのサービスを提供している。既存の支援施設だけではスペースも物資も十分には供給できないからだ。メキシコのペニャ・ニエト政権はまた、強制送還中心だった「キャラバン以前」の政策を一変して、「難民申請をして国内南東部(主にチアパス州)に留まるならば、一時労働許可証や医療と教育へのアクセスを保証する」と発表。移民キャラバンの2600人以上が、このオファーを受け入れた。
 わずか数日間に何千人もの移民を迎えることになったティファナでは、施設に入らず野宿する移民の姿に不安を感じる市民もおり、抗議行動も起きている。同市市長は、「この異常事態に対応する策を講じて欲しい」と、メディアを通して連邦政府や国際連合に訴えた。経験のない社会的ストレスは、人々から寛容さを奪いはじめている。 それでもなお、多くの市民は、旅を続けるキャラバンに食事を提供したり、ヒッチハイクに協力したりと、様々な形で手を差しのべている。現地調査会社Gii360によると、メキシコ国民の半数以上が、移民を助けるべきだと考えているという。自らも歴史的に米国へ移民を送り出してきたメキシコ人は、祖国での貧困と暴力、そして米国の移民政策に翻弄される者の苦難を知るからこそ、「移民危機」にできる限り人道的な対応をしようとしている。
 メキシコでも中米でも、移民の大半は、決して好き好んで祖国を離れるのではない。自分の力ではどうしようもない現実を前に、旅を決意するのだ。たとえ、その先にある世界で新たな苦難に出会っても後戻りはできないが故に、悔しさと苦しみ、悲しみを抱えながらも、わずかな光の見える方へと進んでゆく。
 移民の問題を考える時、私たちはまず、「移民」という行為の背後にある問題と自分自身のつながりを考え、理解する努力をしなければならない。そして、共に問題解決に取り組み、支え合うことを第一としなければならない。現代世界における移民の大半は、貧困や暴力などにより生きることが困難な状況にある国の出身だ。彼らの国がそうした状況に追い込まれたのは、「資本主義先進国」の私たちが築いてきた経済システムがもたらす格差と矛盾に因るところが大きい。「私が移民とならないのは、移民する彼らが私の今を支えているからだ」と考えるべきだろう。その自覚なしに、移民の問題を他人事とするのは、無知以外のなにものでもない。

※当連載を基に大幅加筆した単行本『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)が文庫化しました。(集英社文庫『マラス 暴力に支配される少年たち』のサイト)

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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