「キューバに生きる」3 理髪師パピートの社会的連帯経済
工藤律子(ジャーナリスト)
と、叫んで抱き合った。偶然にも、二人は中学時代のクラスメートだったのだ。「お前、何やってんだ」と尋ねられたイリアンが、「理髪師として働いているんだよ」とうれしそうに答える。5、6年ぶりの再会に話が弾む。
店内は、中世の屋敷のような優美な空間だった。アンティーク家具や調度品が、ゴージャスな雰囲気を醸し出す。古い理髪店の器具も展示されている。ハサミやシェイバーなどの小物は、美しいガラスケースの中に宝石のように並べられている。待合室を含めて4つある部屋の壁は、すべて絵画でいっぱいだ。
「青い色調の絵は、全部パピートの作品です」
と、イリアンが教えてくれる。まさに、「理髪師の美術博物館」だ。
芸術家パピートは、奥の部屋で、金髪ボブの若い女性客のカットをしていた。髪の量や質、顔の輪郭などの特徴に合わせて、希望のヘアスタイルに整えていく。女性は、期待通りのモダンな仕上がりに満足げだ。さらに隣の部屋では、先ほどからイリアンが、その女性客の夫の髪と髭を丁寧にカットしている。まもなく二人のカットが終了し、夫婦は揃って爽やかな表情で帰っていった。
自ら経営する理髪店でヘアカットをするパピート。撮影:篠田有史
パピートに、「一日何人くらいカットするんですか」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「今は7人くらいですね。少し前に、足の腫瘍を除去する手術を受けたので、それ以来、仕事のペースを落としました。その分、イリアンがカバーしてくれています。とはいえ、朝はアルテ・コルテの活動を、午後は店で仕事をする毎日に変わりはありません」
エネルギッシュな彼も、実は健康に不安を抱えているのだ。それでもなお、アンヘルらとともに、今後はハバナ全体、そして全国に、社会的連帯経済の精神を根付かせることにも力を注いでいきたいと語る。
「私は5年ほど前まで、いわゆる“社会的連帯経済”のことはまったく知りませんでした。ある大学教授の講演に行った時、会場にあった社会的連帯経済を紹介するポスターを見て、“これは私たちが取り組んでいることじゃないか“と驚きました。それ以来、大学やアンヘルたちを通して新しい知識をたくさん得られるようになり、改めて気づいたんです。これこそが、キューバの未来のために必要な経済のかたちだと」
パピートは、社会的連帯経済の考え方の中に、アルテ・コルテ同様、市民が中心となって人のつながりを築き、様々な機会を生み出すことで、社会を豊かにする道筋を見る。
キューバ経済は、これまで国家主導で、かつてはソ連・東欧社会主義圏に、そして現在はベネズエラや中国、ロシアなどに依存する体制をとってきたために、危機に陥ったと思うからだ。経済的にある程度自立し、かつ社会的平等を守りながら、皆が豊かに暮らせるようになる経済モデルとして、社会的連帯経済が理想的だと考えている。だから、熱を込めてこう言う。
「私と同じように考え、それを実行する若者が大勢現れることが、私の夢です」
そんなおしゃべりをしている間に、待合室にはすでに次の客が来ていた。私たちは、パピートとイリアンにお礼を述べて、店を出る。もう夜7時だ。
「イリアンは、いい感じでやっているね」
元クラスメートの活躍ぶりを見たユーヒが、安堵の表情を浮かべた。勉強嫌いでいまいちパッとしなかった友の成長ぶりに、感心したようだ。イリアン自身、「高校を中退してからパピートに出会うまで、ただウダウダしていた」と話していたから、無理もない。だが今は、午前中はアルテ・コルテの理髪師養成校で講師を務め、午後はパピートと店で働きながら、「後輩たちが、自分の好きな仕事をしながら生きていけるようにするために、僕もパピートのようになりたい」と意気込む。

理髪師養成校でボランティアをしながら、パピートの店で働くイリアン。撮影:篠田有史
つながりを生かして多様な機会を生み出し、社会を豊かにする。パピートの夢は、アルテ・コルテを通じて、イリアンのような次世代の心を捉え、未来へとつながっている。この夢、企業の利益と経済成長ばかりを追う政策が目立つ日本においても、次世代に伝えていくべきものだと感じるのは、私だけではないだろう。