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連載

変革への闘い

「ストリートチルドレン」と呼ばれて9 天涯孤独の少女

工藤律子(ジャーナリスト)

 とはいえ、子ども時代にいわゆる「親子関係」を実感として知ることなく、しかも「路上」で育ち、予期せぬ形で親になった少女にとって、施設での生活は困難の連続だった。
「カサ・ダヤ」には、オルガのように路上から来た少女もいれば、スラムにある自分の実家で、あるいは家政婦に出された奉公先で性的虐待を受けて妊娠し、この施設にたどり着いた少女もいた。その中でも、路上出身の母親たちのほうが、施設生活により多くの問題を抱えていることは、傍目にも明らかだった。オルガはその典型だ。
 施設では、全員そろって朝5時に起床し、6時に朝礼を行い、その後で朝食をとる。それから各自、子どもの世話をしながら決められた家事当番をこなしたり、学校に行ったり、仕事に出たりする。つまり、普通の家庭のように、決まった時間割に沿って1日を過ごすわけだ。ところが、オルガには、それがなかなかできなかった。路上生活には、生活のリズムと呼べるようなものはないからだ。朝起きるところからすでに苦労が始まり、普通の生活リズムと習慣を最低限身につけるまでには、1年近くかかった。
 それ以上に問題だったのは、子育てだ。路上にいる仲間の間にも、子どもと共に暮らしている少女たちはいたが、それは「路上流子育て」で、普通の家庭でのそれとはかなり違っていた。子どもを愛してはいても、はたから見れば「本当に子どものこと、ちゃんと考えているの?!」と思うような乱暴な接し方を、平気でした。言うことを聞かないと、すぐに手を上げるし、汚い言葉で罵る。少年たちに交じり、危険と隣り合わせの路上生活を生き抜くことに慣れてしまった母親たちは、赤ん坊とてサバイバルを体得するのが当たり前、とでも思っているかのようだった。
 オルガは、例えば施設の食堂の掃除当番の際にも、幼いアナベレンを目の前の高いテーブルの上にちょんとのせて、モップがけをしていた。
「危ないから、ソファに移動させたほうがいいわよ」
と声をかけても、「大丈夫」と気にも留めない。寝室の掃除をする時も然り。柵も何もないベッドの上にポンと放置した娘が、落ちてしまいそうなほどベッドの端のほうまで這ってきても、放ったらかし。夜中に泣いても、時に無視する。見兼ねたほかの少女が抱き上げ、あやし始めることも、しばしば。子どもを心配して手を差し伸べるのは、いつも決まって路上育ちではない「貧困家庭から来た」少女たちだった。

オルガが食堂の掃除当番の日。娘アナベレンは、食べ物や花瓶と一緒に、テーブルの上に載せられていた 撮影:篠田有史

 問題を起こすたびに、オルガは施設スタッフと口論になった。本人には「悪気がない」分、反論したくなるのも無理はない。以前のオルガなら、そうしたトラブルが起きれば、きっとすぐに施設を飛び出していただろう。だが、娘と新しい人生を生きていくという決意のためか、この時は施設での生活を簡単には諦めなかった。

母親たちとスタッフの会議。オルガ(左)がスタッフ(右端)に向かって、何やら反論を始めた 撮影:篠田有史

 それに、施設生活の中で見出された才能もあった。リーダーシップと指導力だ。
「カサ・ダヤ」では、その頃、少女たちに「人権ワークショップ」の指導役になる訓練を行っていた。訓練を受けた少女は、地域の小学校に派遣され、子どもたちに人権について教えるワークショップを開く。オルガは、その指導役として活躍していた。以前は人を指導する役割などには関心がない様子だった彼女が、実に堂々と生き生きとした表情で、てきぱきとワークショップを運営する様子に、私たちは少なからず感動を覚えた。
「オルガ、あなた、とてもいい(学校の)先生になれるわ!」
 私が興奮気味にそう伝えると、彼女は、
「ありがとう」
と、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
 実は、路上生活を送っていた頃にも、一時的にだが何度か施設に入って小学校の勉強をしたことのあるオルガは、落ち着いたら勉強を再開したいと考えていた。それが叶えば、彼女はきっともっといろいろな才能を発揮するに違いない。私は心底、そう思った。

 

生きること 

 一歩ずつ前に進んでいるオルガの姿は、まだ路上にいる子どもたちとは明らかに違う、未来への希望を感じさせた。それはおそらく、愛する娘と共に、今までとは違う人生を生きていくと決意したからこそ、生まれた光だろう。
「路上にいる時は、死が怖いなんて思ったことはなかった。だって、路上で私の面倒を見てくれた年上の仲間は、ほとんど皆、死んでしまったから。(薬物の影響下で)フラフラと道を横切り、自分から車にはねられた子もいたし、私もいつ死んでもおかしくないと思ってた」
 かつての自分の心境をそう語ったオルガは、それが大きく変わったと感じていた。
「今は死ねない。死にたくない。娘を置いて、あの世になんて行けないわ」
 娘の誕生と「親子での生活」が、自分は誰からも愛されない、ゴミ同然の存在だと考えていた路上少女に、命の尊さと、自身の存在意義を教えた。
「とにかくここカサ・ダヤでがんばるわ。娘のため、そして何より自分自身のために」
 その言葉は、彼女が「ストリートチルドレン」と呼ばれる人生をほぼ抜け出したことを示唆していた。少なくとも私には、そう思えた。私たちがよく知る路上の友人たちの間には、彼女が抱いているような、自分が誰かに愛されているという感覚も、自分のために何かをすることに価値を見出す意識も、見当たらないからだ。
 自らの意思で何かに懸命に取り組み、生きることにこだわれるのは、すばらしい。生きることに積極的な意味を見出せない子どもたちに囲まれていた当時の私にとって、オルガは希望の星になっていった。

午後のひととき。自分のベットの上で、ノートに何かを綴るオルガ。そばには娘の姿があった 撮影:篠田有史

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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