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変革への闘い

「ストリートチルドレン」と呼ばれて13 波乱万丈の先に

工藤律子(ジャーナリスト)

 

波乱万丈の先に

 この日は、1本のビデオ通話もした。オルガの「お母さん」、モニカさんと話したのだ。モニカさんは、ほんの1〜2週間前に、はるばる車でオルガ一家を訪ねてきたという。
 モニカさんとの通話中、アナベレンが近づいてきて、画面の向こうの「祖母」に、「リツコが来てくれて、うれしいわ」と話しかけた。すると、モニカさんが、
「そうよね。リツコは、あなたを1人にしないよう、(オルガに)言ってくれた人だものね」
と、微笑む。そこへ、オルガがふざけた顔で、
「リツコに感謝しなさい。彼女のおかげで、私は米国へ行かないことにしたんだから」
と、付け加えた。
 この時、私は初めて、もう20年以上前の篠田の言葉が、本当のことだったと知った。オルガが恋人を追って米国へ行くことをやめた後に、「モニカさんは、きみがオルガを説得したと言ってたよ」と、言われたからだ。モニカさんをはじめ、オルガに近い人たちは皆、米国行きに反対していたので、私はオルガが皆の声に耳を傾けて決断したのだと思っていた。それにしても、私自身は言いすぎたかと思うほどしつこく話したことが、今に結びついていたことに、私は心底うれしくなった。
 オルガは、アナベレンのことを、時々、ひどく批判することがある。しかし、心の奥では、一番頼りにしているのではないかと、私は感じる。子ども3人が働いているとはいえ、生活は決して楽ではないはずのオルガが、私をもてなそうという余裕を持ち、不安を抱えながらも5人家族をまとめられているのは、もっとも厳しい時代を共に生きた長女の存在があってのことだろう。
「家のことを一番手伝ってくれるのは、アナベレン。生活費をきちんと入れてくれるのも、アナベレン」
と、オルガ。下の2人は自分のために時間とお金を費やしがちだが、アナベレンは、できるだけ母と家族全体のことを考えようとしていることが、私の目から見てもわかった。ひとつの職場に定着できないという欠点は相変わらずだが、成績優秀な妹にバカにされても、彼女は長女としての自分の役割を、きちんとこなそうと努力している。
 次女モニカは、幼い頃からマイペースで、母親になった今も、家族の支えで「大学生ママ」となり、自分のペースをある程度、守っている。家族内で黒一点のアランは、あらゆる悪い誘惑がまず貧困層の男たちに忍び寄るメキシコ社会において、一番大きなリスクを抱えているため、オルガが一番心配している子どもだ。少年が道を外れないよう、女たちは闘っている。
「それでも、今一番の心配は、“お母さん”がいなくなってしまうこと」
 オルガは、モニカさんとのビデオ通話の後、そう漏らした。持病である心臓病が悪化して、急死するようなことでもあれば、「娘」は一時的にせよ、絶望の淵に立たされることだろう。それくらい、オルガはモニカさんを頼りにしている。反抗し、言われたことを気に留めないこともしばしばだが、自分ではどうしようもない精神状態に陥ったらまず頼るのは、「お母さん」。遠くに暮らしていても、それは変わらない。だから、その存在を失うことが、一番怖いのだ。
 路上少女の波乱万丈の人生は、今でも波風にさらされながら、進んでいる。そこには路上にいた頃と似た孤独と不安もあるが、それ以上に、信じられる愛と希望がある。
 オルガは言う。
「気分が沈んでいる時は、“お母さん”と話をするの。子どもたちも、私を気遣って、あれこれ協力してくれる」
 その言葉をそばで聞いていたアナベレンが、「私たちはそんないい子たちじゃないわよ」とでも言いたげな顔をするが、オルガは大真面目だ。その「愛に対する信頼」こそが、この家族の未来に、希望を紡いでいく。
 オルガ家滞在3日目の朝、私は、オルガに見送られる中、「また来よう」と心に誓い、メキシコシティ行きのバスに乗り込んだ。

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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