水谷隼さん/手を差し伸べてくれる人は絶対にいる
(構成・文/井下優子)
水谷 以前、試合で東南ヨーロッパのセルビア共和国へ行った時、4、5歳の子どもがデパートで物乞いをしてるのを見たんですよ。そんなに小さな子が「お金ちょうだい、お金ちょうだい」って、日本じゃ考えられませんよね。同じような光景は中国にもあるし、日本では非現実的なことでも海外では当然で……。
そういうのを見て、その時は「日本はまだ幸せなのかなぁ」って思ってたんですけど、今の仁藤さんの話を伺ったり、ネットで報告を読んだりして「日本にも自分が知らない世界がたくさんあるんだなぁ」と。そういうことを少しずつでも勉強して、困っている人たちの力になりたいという気持ちが、より強くなりました。
仁藤 物乞いをする子どもたちとは、私もフィリピンなどで出会いました。私が10代で荒れた生活をしていた時、声をかけてきたのは性的搾取が目的の男性ばかりだったんですよ。初めてフィリピンに行ったのは18歳の時でしたが、日本人に買春させられている女の子をたくさん見て、「何で日本と同じことがここで起こってるの!」ってびっくりして。そういう経験も、今の活動につながっていますね。
日本では海外の問題のほうがわかりやすいから、社会の関心はそっちにばかり行きがちだけど、水谷さんは日本の問題にも目を向けて支えてくださっている。国際協力の活動をしている学生でさえ、「日本の問題は自己責任じゃないの?」って、見えない部分は想像できないみたいなんです。
水谷 僕は以前から、本を読んだり調べたりしていたので、そういう世界についての知識はあったんです。ただ、最初は「そういう人もいるんだな」という程度の気持ちだったんですね。でも、自分に娘が生まれて、やっぱり今のままの状況ではよくない、何とかしなければ、と。
親の影響や家庭の問題で、どうしようもなくて、自分の意思に反してそういう道に行ってしまっている人に手を差し伸べたいという気持ちが強くありますね。仁藤さんは一年間にどのくらいの頻度で活動されてるんですか?
仁藤 毎日(笑)。特に年末年始や休日などは公的機関が休みで、他に頼るところがないので私たちは活動しています。
水谷 仁藤さんのお話を聞いていると、尊敬に値しますね。自分ではやりたいと思っていても、いざ行動に移すとなると難しい。でも、それを実際にやっている。やってみないとわからないことも多いだろうし、やってみたら想像以上に大変だったということも多いと思うんです。
仁藤 私の場合、それしかなかったんです。10代のころから夜の街で過ごしていて、私は運よくいろんなサポートを受けて大学まで行けたけど、周りの友だちで大学に行った人はいないし、高校を卒業していない子も多い。でも、大学ではこういう問題に関心を寄せてくれる人はすごく少なくて。「そんなの、ドラマの話じゃないの?」って言われて、衝撃を受けたんです。だから、私はこれをやらなきゃと思ったし、普通の企業に就職できるタイプでもなかったし(笑)。水谷さんには、ぜひ今後もご支援をお願いしたいです。
水谷 何でも言ってください。むしろ、どんどん言ってくれたほうが、僕もうれしいです。
仁藤 お知り合いに空き家を持っている人がいたら、ぜひ紹介してください!(笑)。シェルターを増やしたいんですけど、一軒家は高くて買えないし、大家さんが理解してくれるところじゃなければならないので、家探しに困ってるんです。あと「夜間巡回バス」を走らせたいので、バスを1台寄付してくれる人も探してます(笑)。
お金ももちろん必要ですけど、女の子たちを取り巻く現状と、私たちの活動をもっと知ってもらいたいというのもありますね。海外では社会活動に参加する有名人が多いですよね。それと同じように日本の有名人も声を上げたり、行動を起こしてもらえたらすごくいいなぁって。
そうして認知度が高まれば、女の子たちも声を上げやすい社会に変わると思うし、近くに気になる人がいた時に声をかける人が増えるだけで違ってくるはずですから。日本には、私たち以外にもさまざまな支援団体がありますから、いろんな人たちがつながっていけたらいいなって思います。
水谷 僕はこれからも支援していきたいと思いますし、今の話を聞いて、多くの人にサポートしてもらえるよう、いろんなツテを通じて活動を広めていきたいと思いました。
仁藤 ありがとうございます! 一緒に何かできたらいいですよね。これからもご相談させていただきますので、アイデアやアドバイスをお願いします!
水谷 こちらこそ。将来、僕が人の役に立つような活動をやろうという時には、ぜひ先生としていろいろ教えてください(笑)。
