第27回 崔承浩(チェ・スンホ)「声を上げる」話題の映画『共犯者たち』監督に聞く
崔承浩(映画監督、MBC(韓国文化放送)社長)
(構成・文/加藤直樹)
『共犯者たち』における「共犯者」とは、直接には、「主犯」である政権からその意を受けて公共放送を歪めた経営幹部たちを指している。映画では、彼ら一人ひとりにチェ・スンホさん自身が突撃取材する様子が描かれる。取材に応じる人もいるが、言い訳を残して立ち去る人もいる。中には、「答えてください!」と叫ぶチェさんを振り切り全速力で逃げ出す元社長も登場する。責任を取らない「共犯者たち」の姿が記録されているのだ。
だが、『共犯者たち』という映画のタイトルには、言論人全ての責任を自ら問う響きがある。悪いのは幹部だけではない。積極的に取り入ろうとするキャスターも登場する。この作品は、メディア自体が権力の横暴を支える「共犯者」になってしまったのではないかと問うている。
「主犯である権力者を批判するのはたやすいことです。しかし放送局の中に、それに迎合し、放送自体を破壊した人々がいたということ。生活のためとはいえ、消極的でもそれに同調した人たちがいたこと。そのことを明らかにしておきたかったのです」
一方で、映画は「共犯者」になるまいとした一人ひとりの表情をとらえている。たとえば、一人でも声を上げようと、ある突飛な行動に出たドラマ部門のプロデューサー。ユーモラスな口調で当時のことを証言する彼だが、そのときの不安な気持ちを思い出して突然、涙をあふれ出させてしまう。当たり前のことだが、生活がかかっている職場で声を上げる決断の重さは、並大抵のことではない。
自分自身が「共犯者」ではなかったかと自問する倫理性は、言論人たちの抵抗を貫く精神でもあっただろう。それが、この映画に迫力を与え、登場する一人ひとりの人間としての顔を引き出している。
公共放送を取り戻す
チェ・スンホさんがこの映画の製作を決意したのは、2016年の秋だったという。崔順実ゲートの発覚に端を発して、朴槿恵退陣を求めるキャンドルデモが拡大するさなかでのことだ。
この頃にはもはや、社内での抵抗は万策尽きていた。KBSやMBCは崔順実ゲートに対しても積極的な追及を行わず、権力の犯罪に対して沈黙を守っていたという。デモの現場では、両社の取材車両を人々が取り囲み、「お前らはそれでも記者か」と詰め寄る光景があった。いつの頃からか、「キジャ(記者)」と「スレギ(ごみ)」を組み合わせた「キレギ」なる造語までできた。
当時、チェさんは「ニュース打破」のプロデューサーとして、情報機関の不正や冤罪事件などを追っていたが、公共放送の状況を正面から伝える映画を製作すべきときだと考えた。「朴槿恵政権が終わるかもしれない今こそ、この9年間に何が起きていたのかを市民に知ってもらおうと思いました」
「ニュース打破」を通じて支援を呼びかけたところ、8000人の市民から1億5000万ウォンが集まった。
「多くの人から応援のメッセージをいただきました。韓国の民主主義を取り戻さなければならないという切迫した思いが伝わってきました」
こうして製作された『共犯者たち』は昨年(2017年)8月に公開され、ドキュメンタリー映画としては異例の26万人の観客を集めた。この頃にはすでに朴槿恵大統領は弾劾され、リベラル派の文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足していた。
だが、KBSとMBCの状況は変わっていなかった。翌月、KBSとMBC両社の労組が大規模なストに突入する。経営トップの退陣を求めたのである。MBCの人気バラエティー番組『無限に挑戦』も放送を取りやめるほど徹底したストだったが、国民の66%以上がこれを支持した。人々は、公共放送が権力を監視する役割に立ち返ることを望んでいた。こうした世論の支持の広がりに対して、映画『共犯者たち』は大きな役割を果たした。
MBCは71日間、KBSは142日間という異例の長期間となったストの末に、11月、MBCの理事会は11月に社長を解任。KBS社長も翌年1月に解任された。
MBCでは12月、職員たちの声を聞きながら新社長人事が検討される。選ばれたのは、チェ・スンホさんだった。職員たちは、MBCへの信頼回復を彼に託したのだ。社長として初出勤したチェさんは、拍手で迎えられた。現在、MBCは、チェ・スンホ社長の下で公共放送の信頼回復を目指して奮闘している。先述のドラマ・プロデューサーは「週末ドラマ」枠で元気に働いているそうだ。

ポレポレ東中野では、国家情報院によるスパイ捏造事件をの真相を暴いたチェ監督の映画『スパイネーション/自白』(2016年)も同時公開される。
記者が質問できなければ国が滅ぶ
9年間の経験から、チェ・スンホさんは今、公共放送の社長を政権が任命するのではなく、国民が直接選べる制度に変えるべきではないかと考えている。
「民主化運動の流れを汲むリベラル派の政治家たちは言論の自由の大切さを身に染みて学んでいますが、保守派の政治家たちには、かつて独裁政権時代に言論を統制したことへの反省がありません。そのため、権力の座に復帰するとその時代のDNAがすぐに甦る。だとすれば、再び強圧的な政権が誕生しても大丈夫なように公共放送の社長を国民が直接選ぶ制度を作るべきだと思います」
映画『共犯者たち』は日本の一般の劇場での公開も予定されている。この映画を通じて日本の観客に伝えたいことを聞いてみた。
「メディアがしっかりしていなければ、市民の自由もなくなってしまいます。言論の自由こそが、全ての自由をつくる最も重要な自由なのです。韓国の事例を通じてそのことを考えていただき、日本の市民の助けになれば幸いです」
では、その日本のメディア状況は今、どうなっているだろうか。NHKはどうか。
NHKはKBSと同様、受信料で支えられる公共放送であり、政府の宣伝を行う国営放送ではない。NHK会長は、国会の同意の下で首相によって任命される12人の経営委員会によって選ばれる。
だが第二次安倍政権が成立した翌年の13年末、NHK経営委員会に安倍首相と思想的に近い百田尚樹氏や長谷川三千子氏が送り込まれる(百田氏は15年に退任)。その経営委員会は14年1月に籾井勝人氏を会長に選出したのだが、彼が就任会見で「政府が右と言うものを左と言うわけにはいかない」と言い放ったことは、記憶に新しい(籾井氏は17年に退任)。その後も、キャスターの降板や時事番組の改廃などのたびに、官邸の介入や忖度がささやかれた。ニュース解説に官邸の代理人のような政治部記者が登場して安倍首相の国際的指導力を称えるといった場面も増えている。そもそも「官邸」という言葉が独特の響きを持つようになったのも、過去にはなかったことだ。
もちろん韓国と日本では国情は大きく違う。だがメディアがすでに権力の「共犯者」に転落しているのかもしれない時代を、私たちもまた生きている。私たちも、隣国の市民たちのように、共犯者になるまいとするメディアの現場の担い手たちを応援するべきなのだろう。
『共犯者たち』の中でチェ・スンホさんが李明博大統領に向かって叫ぶ「記者が質問できなければ国が滅ぶのです!」という言葉は、国境を越えた警鐘として私たちの胸にも響くはずだ。