第34回 速水螺旋人「戦争と想像力」
速水螺旋人(漫画家&イラストレーター)
(構成・文/朴順梨)
自分の作品の話になりますが、9月に月刊モーニングtwoで最終回を迎えた『大砲とスタンプ』は、「主人公は最初の段階では正義が担保されていない」ということを意識して描きました。
主人公たちは敵の街に勤務している占領者です。侵略されたから戦っていることにすると、自動的に「正義」が主張できてしまう。一方で戦争なのだからひどい目にも遭います。戦争の被害者であり、同時に戦争犯罪にも加担する加害者でもある。そういう姿を描きたかった。
戦争って不条理や理不尽なものが、一番わかりやすい形で出てくるものです。日常生活でも理不尽なことはたくさんありますが、すぐさま死に結びつくことはそう多くはない。でも戦争では、そのまま死に直結します。先ほどの「わかる」と「わからない」という話とも繋がると思いますが、この不条理や理不尽さを、戦争を描く上では大事にしたい。
戦争は、たとえば「とても悲惨でたくさんの人が苦しみました」というようなテンプレート表現だけで語ることはできないと思います。もちろん悲惨な記憶であることは事実だと思いますが、僕が話を聞いた戦争体験者の中には「後方にいて食料も足りていたし、全然悲惨じゃなかった」という人もいました。空襲や特攻、学徒動員などについて、ある一面的な見方ばかりが語られてきたことで、受け取る側も「ああ、またその話ね」と予断ができてしまう。若い人が戦争に興味を持たなくなった理由のひとつに、ステレオタイプ化された伝え方があるのではないかと感じています。

速水螺旋人さん
横に斜めに知ろうとすれば、ステレオタイプに陥らない
一方で速水さんは、「戦争を伝えること」は今後も廃れることはないと見ている。
従軍した方の多くがまだ存命の時代は、その人たちが味わった辛い経験に対して「そうは言ってもあなただって、戦地で酷いことをしてきたでしょう」とは言いにくい。それが事実だとしても、ときに深刻な摩擦が生まれてしまいます。しかし、戦争を体験していない世代が主になって戦争を伝えていこうとするときには、加害体験も含めて、よりフラットな視点で落ち着いて語れるのではないか。戦後75年を経て、そういう時期に差し掛かっている気がしています。
そしてステレオタイプ化されていない戦争を体感するには、「ひとつを深く掘るのではなく、横に進めていくこと」が大事なのではないかと速水さんは言う。
たとえば『戦争は女の顔をしていない』を読んだら女性兵士だけではなく、スターリン時代について調べてみるとか。ひとつのテーマを深く掘り進んでいくのではなくて、太平洋戦争について何かを見たら「こんなことが起きていたのは一体どんな時代で、どんな人たちが生きていたのだろう?」とか、斜めや横に関心を広げていくといいのではないでしょうか。あとは先入観を持たずに受けとめることです。コミック版『戦争は女の顔をしていない』の読者の感想の中には「スターリン時代のソ連だから、女性たちは共産主義に洗脳されていたんだろう」というものがありました。これこそが予断と言えます。
簡単にわかろうと意気込まず、先入観を持たずに読んでみると、捉え方や感じるものが変わってくるのではないか。小梅さんの描く絵は、その作業をするのにとても向いているんです。登場する女性たちはとてもかわいく描かれているのですが、「馬車で道を行ってるときに、そのドイツ兵の死体を踏んづけたらすごく気持ちが良かった」ということを言ったりする。それを非難する目線ではなく、淡々と描いているところに、この作品の価値があると思います。