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連載

ヒノキの伐採

第6回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 色づいていた雑木林の葉は、枝からハラハラと舞い落ちて、火が消えたように茶色くなってしまいました。天気が良い日は、太陽の光が林床に燦燦(さんさん)と降り注ぎます。冬は寒いけれど、この明るさが大好きです。
 アトリエをつくる時に、まずやりたかったことがあります。それは、雑木林の再現です。長年撮影で通っていたお手本にしたい雑木林があり、その素晴らしさに惚れ込んでいたからです。雑木林は、四季折々の変化があるだけでなく、数多くの生きものが暮らしています。私はそこで何種類の昆虫や鳥や植物に出会ったことでしょう。こんな魅力的な環境をアトリエの庭にも絶対に欲しいと思ったのです。

 

落葉した雑木林とアトリエ。冬は、庭が明るくなる季節。

 

庭には柑橘類がたくさん植えてある。レモンやキンカンは、この時期に収穫する。

 手に入れた敷地の半分はヒノキ林だったので、私は迷うことなくそれらの全てを伐採することにしました。と言っても、樹齢30年以上の針葉樹が200本以上もあったので、草刈りをするようなわけにはいきません。
 悩んでいた時に、重労働に名乗りをあげてくれたのは、隣の集落の林さんでした。林さんは、当時60代半ばを過ぎていたように記憶していますが、とてもお元気で林業の経験がありました。ヒノキ伐採の報酬として、その木材を全てもらってもらうという条件で引き受けてくれました。
 話を持ち掛けた数日後には、林さんはヒノキ林の薄暗がりの中でチェーンソーを操っていました。伐採する時、大木を思う方向に寝かせるのは難しいことですが、林さんが切る木は、行儀良く同じ方向に倒れてゆきます。
 私がその様子を土手で眺めていると、ほっかむりをしたおばあさんが農道を通り掛かりました。そして、私にこう言ったのです。
「なんでこんな若いヒノキを切ったはんのや。もう10年程置いといたらいい値で売れんのに」
 私が、ヒノキを切ってクヌギを植えると言うと、呆れたような顔をしてこう返してきました。
「クヌギなんか植えても何の役にも立たへんで。緑の葉っぱが好きやったら、栗の木を植えるとええな。栗やったら、実が食べられるしなー。ドングリは、食べられへんやろ」
 私は、そのおばあさんの言うことも理解できたので、ニコニコしながら適当に相槌を打ってその場を切り抜けました。
 林さんは1週間くらい掛けて伐採をした後、ユンボを使って根っこまで取ってくれました。 
 さあ、いよいよこれからクヌギの植栽。期待が高まります。振り返ってみると、この時が一番、夢がふくらんだ瞬間だったように思います。
 ところで、林さんが切ってくれた200本以上のヒノキがどうなったのだろうかと、長い間、行方が気になっていました。それから10年後のある日、突然、林さんがアトリエにやってきて、ヒノキは神社の建て替えの時にその一部として利用したことを伝えてくれました。私は感動して涙ぐんでしまいました。

 

枯れたアジサイは、なかなかいい色をしているので、いつも花瓶に飾る。

 

寒さに強いブッドレアの仲間は、銀色の花を付けて目を楽しませてくれる。

 

 

*写真の複写・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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