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連載

ため池をつくる<1>

第8回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 灰色の雲が晴れて比良山が顔を出しました。雪に覆われた白い頂がとてもきれいです。それもつかの間、1時間もしないうちに、またまた雲に覆われて、今度は虹が現れました。冬の湖西地方は、晴れたり曇ったりを繰り返す毎日です。予想がつかない天候に見舞われる日々なのですが、この気まぐれな光の変化が湖西地方の魅力でもあります。

アトリエの部屋からの眺め。比良山が真っ白だ。

珍しく雪が積もった日のアトリエ。

 アトリエの雑木林づくりを進めながら、私はもうひとつの環境づくりを始めました。それは、ため池です。ここで言うため池は自然の池ではなく、農地の中につくられた人工の池のことです。琵琶湖の南部は渇水に見舞われることが多く、昔からため池がたくさんありました。大津市内だけでも数百個が確認されています。
 市役所に出向いて農業用のため池が記された地図を見せてもらうと、なんと一つひとつの池に名前が付けられているではありませんか。それだけ人間の手によって手厚く管理されてきたということです。ため池は、田んぼに水を引くだけではなく、災害に備える防火用水としての機能もあったので、地区で厳重に見守られてきたのです。ところが、近年、ポンプアップで川から動力で水をくみ上げるようになってから、一気にため池の価値が下がり、人が寄り付かないため池がたくさん出てきました。
 しかし、この「人が見放したため池」というのが、思わぬ幸運を呼びました。水棲昆虫たちの天国をもたらしてくれたのです。人がため池を放置すると、水草などが生えっぱなしになり、落ち葉が堆積(たいせき)して水深が浅くなります。また、周辺の泥が崩れて、そこに湿地性の植物も生育しやすくなるのです。こまめに管理されている時のため池はすり鉢状で、しっかりと水がたまるような形をしています。こんなため池に足を滑らせて落ちたら大変です。農家の人から聞いた話ですが、一昔前はため池にはまり込んだら自分の力では上がれず、人が来るまで待っていないといけなかったそうです。
 そんなため池が放置されると、土が緩くなって浅瀬と深みを兼ね備え、水草も繁茂する、自然に近い池になってきます。
 もう30年以上前になりますが、放置されたため池を水棲生物の調査のために探し回ったことがありました。その時に役に立ったのが、市役所からもらった農業地図。その地図に記されたため池には、幸運にも名前と共に利用状況がランキングされていたのです。よく管理されている場合はA、不定期に管理されているとB、放置されているとC、という具合です。言うまでもなく、Cランクのため池は、すなわち、水棲昆虫たちの天国であることを意味していることになります。なんということでしょう、こんなありがたい情報があるでしょうか! この話の続きは、また次回にいたします。

冬のアトリエのため池はひっそりとしている。

アトリエ近くの田園風景。遠くに琵琶湖が見える。

*写真の複写・転載を禁じます。

 

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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