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連載

水辺の春 〜コイの“のっこみ”

第46回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 土手にはタンポポの花が咲き、山面(やまづら)ではヤマザクラが満開です。今年も春がやってきた! という感じで、田起こしがなされた田んぼの所々に水が入り、キラキラと輝くようになりました。
 この時季にしとしとと春の長雨が降り続くと、私は無性に琵琶湖岸に出たくなります。若葉をつけたタチヤナギが湖面に立つさざ波を受けてゆらゆらと揺れているのを見ていると、小学生の頃、コイやフナ捕りに夢中になっていたことを思い出すのです。

春の天神川河口は、タチヤナギの新緑が美しい。

 フナは6月の本格的な梅雨時に産卵しますが、コイは春に卵を産みに岸辺にやってきます。岸辺は浅瀬なので、慣れてくればタモ網ですくい取ることも可能です。
 この辺りのフナは「ニゴロブナ」という種類で、鮒寿司に使われることで有名です。今は絶滅が危惧される大変貴重な魚になってしまいましたが、私が子どもの頃はもっとも身近な魚の一つでした。なにしろ、琵琶湖から小川を伝って田んぼにやってくるのですから、子どもたちにとってはつかみ取りをするにはもってこいの環境です。
 一方、コイは田んぼに遡上することはほとんどなく、ヨシが茂っているような遠浅の水辺にやってきます。
 ヨシは高さが4メートルにもなり立ち枯れをしますが、昔はこれらのヨシは秋にすべて刈り取りました。刈ったヨシは束にして乾かし、茅葺屋根の材料にしたり、葦簀(よしず)や葦戸(よしど)にしたりと、伝統的な生活に利用しました。私の実家でも、夏になるとヨシの襖に模様替えしていたことを思い出します。それくらい、ヨシは身近な存在でした。

アトリエから一番近い天神川の河口は雄琴湾(おごとわん)とつながっていて、ヨシ原を前景に比叡山が眺められます。

 刈り取られた後の冬場のヨシ原は広々とした空間になっていますが、春になり燦々(さんさん)と太陽の光が降り注ぐと、ヨシが天を突き刺すように真っ直ぐに芽吹きだします。ちょうどこの頃、雪解け水が山から降りてきて琵琶湖の水位が上がります。陸地になっていたヨシ原に水がじわじわとやってきて広大な浅瀬ができ上がり、そこがコイの産卵場所になるのです。

水しぶきを上げて産卵するコイ。

 産卵場所にやってくるコイはすべて成魚なので、体長50センチくらいあるものもいます。観賞用のコイとは違い、体が細長く背中は真っ黒で、横腹の鱗は金色をしています。精悍な顔をしていてなかなか野性的です。
 浅瀬に集まってきたコイたちはメスが数匹のオスを引き連れて遊泳し、やがてバシャバシャと水しぶきをあげて産卵がはじまります。漁師たちはこの様子を「のっこみ」と呼びます。地元の人の中には「のっこみ」を待ち受けて、投網で捕獲する人もいます。
 春の一日、琵琶湖の岸辺に打ち上げられる波の音を聞くと、今でも心が高ぶってきます。

「野鯉」とも呼ばれ、体長50センチを超えるものもいます。

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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