imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

晩秋に舞う雪虫 〜アブラムシ

第113回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 アトリエの雑木林の中で、葉がひらひらと舞い散ります。気温も下がって、乾いた風が肌をなでてゆきます。ガーデンに出ると、枯れ始めたミソハギがゆらゆらと揺れています。今年も、最後の草刈りの季節がやって来たようです。

アトリエの雑木林は、静かで気持ちがいい。(撮影:今森元希)

 そんな頃、天気が良いと、庭のあちこちに小さな白いものがいくつも浮遊しているのを見かけます。ススキの種が飛んでいるようにも見えますが、もっと小さいものです。初めて見ると綿ぼこりのようにも思えますが、実はこれ、「雪虫」とも呼ばれる昆虫で、アブラムシの仲間なのです。晩秋に、初雪を連想させる姿で舞うことから、この愛称がついたようです。江戸時代の終わり頃にはすでにそんなふうに呼ばれていたそうで、今から約180年前にこの小さな昆虫に雪の季節を連想したのですから、日本人の感性はいつもすごいと思います。
 雪虫を根気よく観察していると、やがて土手の草などに舞い降ります。素早く近づいてさらに目を凝らすと、透明な翅(はね)をたたんだ黒いアブラムシが、白い綿に包まれてとまっています。純白の綿は、毛が束になったようになっていて、とても美しいです。この綿毛の正体は、アブラムシが体内から分泌したロウ物質です。

とまった直後の雪虫。(撮影:今森元希)

 しばらくすると、突然、翅を上に立てました。そのとき、腹部から延びる綿毛がふさふさと広がり、まるで天使のような姿になります。そして次の瞬間、目にも留まらぬ速さで舞い上がります。飛び立った雪虫は、綿毛が風の抵抗を受けるのか、粉雪が空から降ってくるような感じで浮遊します。本当に不思議な昆虫です。
 この綿は、いったい何の役に立っているのでしょうか。体を天敵から守るため、水を弾くので雨に強くなる、自分の排泄物の汚れから体をきれいにしてくれる、あるいは、空気抵抗によって空中に長く漂える、などと諸説あるようですが、その真相はまだ謎に包まれています。

翅を開いて飛ぶ直前の雪虫。(撮影:今森元希)

 日本には約700種のアブラムシが生息していますが、雪虫になるのは、その一部の種類だけです。アブラムシで身近なところでは、春の頃にカラスノエンドウなどに群がっている緑色のアブラムシ(別称アリマキ)をよく見かけます。アリマキは翅のない個体がほとんどですが、時には翅のある個体も生まれ、飛んで別の植物へと移動します。
 雪虫となるアブラムシの仲間も、季節に応じて植物を移りながら暮らしています。そして、晩秋の移動の時に、私たちが雪虫と呼ぶ姿になります。なんとも複雑な暮らしをしているのですが、冬が間近に迫るこの季節の移動が、一番の難関のようです。
 ところで、刈田のあとで再び伸びてきたイネなどに、白い粒のようなものが舞っていることがあります。こちらは雪虫ではなく、孵化した子グモたちが一斉に旅立ってゆく光景です。昔の人は、これを「雪迎え」と呼びました。
 晩秋の頃は、いろいろな生きものたちが厳しい冬に備えて活動し、里山に季節の風物詩を描き出してくれます。

アトリエの2階から眺める雑木林の風景。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

 

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。写真家、切り絵作家。1980年より作家活動に入る。以後、自然と人とのかかわりを「里山」と呼び、追求している。また、熱帯雨林から砂漠まで、広く世界の辺境の地の自然を取材し続ける。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアム4Kにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な著書に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『にっぽんの里山を旅する』(クレヴィス、2026年)、『マダガスカル島へ』(偕成社、2026年)ほか多数。

関連記事

新着記事

imidasの最新記事はこちら!