社会は若者をどこへ向かわせるのか? 〜「学生店長」誕生ニュースで感じたこと
大内裕和(武蔵大学教授)
2026年9月30日、学生の働き方について、大きな注目を集めるニュースが報道されました。
新聞記事によると、家電量販店の「ノジマ」(本社・東京都港区)がアルバイト勤務の大学生2人を初の「学生店長」に任命すると発表。2人はいずれも大学3年の男子学生で、大学に通いながら週40時間ほど勤務していましたが、接客姿勢や学生アルバイト育成の実績が評価され、神奈川県内にある小型店を任されることになったそうです。また、ノジマ全店で働く約1万人のうち、半数を学生アルバイトが占めているとも報じられていました(共同通信「ノジマ初の『学生店長』 権限や待遇、社員と同等」2026年9月30日)。
「学生店長」誕生のニュースはたちまち社会に注目され、SNSでも反響が広がりました。特に教育関係者からは、X上で批判的な声が上がりました(以下一部を抜粋)。
〈大学生に過度な責任を負わせるのは反対。学生の本分は学問〉
〈こういうのを学生アルバイトに任せるの本当にやめた方がいいですよ。単位取得済みの4年生とかでもない限り、どんな綺麗ごとを言っても学業がおろそかになるのは目に見えてますから〉
〈今年最悪のニュースだわ。大学も教育も舐められたものだ。こうやって日本はまた衰退する〉
これらのポストの投稿者は、いずれも塾・予備校の英語講師の方々です。公開されている講義の映像などから、多くの受験生に信頼されている優秀な先生方であることが分かります。そして「学生店長」というトピックに対し、みなさんの優れた考察や見識がよく表れていました。大学に合格させることにとどまらず、合格後も「学生の本分は学業」という視点から、学生アルバイトの働かせ方に疑問を呈している点です。
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私はこのニュースを読んで、ブラックバイトを発見した頃のことを思い出しました。11年4月、愛知県の中京大学に着任した私は学生から「アルバイトのために試験前に勉強することができない」「アルバイトのためにゼミ合宿に参加できない」という声を聞き、彼らの労働状況の異変に気づきました。ある時、教え子だったA君が私に、アルバイト先が「人手不足」で困っていると訴えました。仕事の大変さを嘆く彼に、私が「正社員の人はそのことをどう考えているの?」とたずねると、彼は「正社員は(自分の)職場にはいませんよ」と言うのです。
そこで詳しく話を聞くと、アルバイトの募集広告を出すのも、新人アルバイトに研修を行うのも、アルバイトのシフト調整もA君に課せられた業務。さらにレジのお金の管理から店舗の戸締り、果ては店長会議への出席まで任されていることが分かりました。
私は彼に「そんなことはアルバイトの仕事ではないよ」とか「その仕事はアルバイトには責任が重すぎるよ」と話しましたが、うまく伝わらなかったのか、A君には自分が不当な目にあっているという自覚はないように見えました。
それまで私は、自身の学生時代の経験からアルバイトのような非正規雇用労働者は比較的責任の軽い「補助労働」を担い、金銭や業務の管理といった責任の重い「基幹労働」は基本的に正規雇用労働者が担うもの、という認識が頭にありました。しかしA君の話を丁寧に聞く中で、その認識が全くあてはまらないアルバイトの形が広がっていることに初めて気がつきました。
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そこで13年6月、私は「ブラックバイト」という言葉をつくり、学生の働かされ方の現状を社会問題として提起しました。特に、低賃金かつ不安定な時給制にもかかわらず過度な責任を負わされていること、また正社員並みのノルマを課しての過剰な業務量や拘束力の高さが、学業をはじめ学生生活を困難なものとしていることを強く訴えました。
このブラックバイトの登場には、複合的な要因があります。学生の経済状況の悪化、安心して利用することが困難な貸与型中心の奨学金制度など経済的背景に加えて、1990年代以降の正規雇用労働者の減少と非正規雇用労働者の増加が、働く場の構造を大きく変貌させていたのです。
私が大学生だった80年代、学生アルバイトの責任が比較的軽かったのは、ほとんどの職場において、基幹労働を担う正規雇用労働者が配置されていたからです。この時代、学生アルバイトは店長や職長、職場マネージャーといった正規雇用労働者のもとで、補助労働を担うことが常でした。しかし、日本社会で正規雇用労働者が大きく減少するにつれ、非正規雇用労働者の位置付けが変わります。職場では責任を担う正社員が不足し、なし崩し的にアルバイトで補助労働に勤しんでいた学生までもが、より重責な基幹労働を担わされるようになりました。
学生アルバイトの基幹労働化――これがブラックバイトの重要なポイントです。2013年に発したブラックバイトの問題提起には大きな反響があり、翌14年、若手弁護士らによって対策チーム「ブラックバイト対策弁護団あいち」が結成されました。ブラックバイト対策弁護団あいちは、大学生・専門学校生を対象としたアルバイト相談、各地の高校・大学などで「ブラックバイト」「ワークルール」の出前講義などを行いました。並行して厚生労働省や自治体、労働組合などによる学生アルバイトの相談窓口も充実していきました。
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こうした取り組みが進む中で、学生がアルバイト先で直面した労働問題で困った時に頼ることができる相談先は増加し、常態化していた賃金の未払いや最低賃金法違反などについても、完全になくなったわけではないものの、かなりの職場で是正が行われました。しかし今回の「学生店長」誕生のニュースからは、ブラックバイトとして私が提起した重要な問題の数々が、現在も継続していることを見てとることができます。
とりわけ、若者が「アルバイトをしなければ学生生活を続けられない」という環境は、最も大きな問題点の一つです。学費の高騰と物価上昇によって、学生をとりまく経済状況は近年一層厳しくなっていますから、彼らにとってアルバイトの重要性はむしろ高まっていると言えるでしょう。
前回の本連載記事「『ブラックバイト』から『バイト漬け』へ」でも論じたように、学生がアルバイトによって得る金額は年々増加しています。学生生活を送るうえで実家からの仕送りには頼れず、アルバイトで得たお金を充てる割合はとても高くなっていますから、彼らに「学生であることを尊重しないアルバイト=ブラックバイト」という認識はあっても、それを避けたり抵抗したりすることは容易ではありません。
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学費の高騰と物価上昇による生活悪化に加えて、近年大きく変化しているのは就職活動の「早期化」「長期化」です。例えば4年制大学における就職活動時期は、かつての「3年生の後半から」から近年は「3年生が始まったら」へと早期化しており、さらに最近では「学生(でいられるの)は2年生まで」という声も学内で頻繁に耳にするようになりました。私が勤める武蔵大学では、2年生のうちから就職活動の一環としてインターンシップに参加する学生も珍しくありません。
このような就職活動の早期化や長期化は、社会人となる前に必要な「学生としての時間と空間」を、若者たちから奪うこととなりました。
多くの4年制大学では1・2年生で基礎的な内容を学び、3年生以降にゼミや研究室で専門課程の学びを深めるカリキュラムとなっています。しかし就職活動によって、1・2年生で学んだ基礎を3年生以降に発展させる時間の多くが奪われてしまうのです。就職活動では、「学生時代に力を入れたこと――略してガクチカ」の提示をしばしば求められますが、近年ではその就職活動が「ガクチカ」の獲得を阻害していると言わざるを得ません。
「学生としての時間と空間」から「ガクチカ」を得にくくなった学生たちは、「より専門的で高度な学習」ではなく「学生生活存続のためのアルバイト」を優先させ、その就労経験を学生時代に力を入れたことにしようと思い至ります。採用面接で「アルバイト経験」を自己PRに使う学生は以前から存在していましたが、昨今の就職活動の早期化・長期化による学生生活の縮減は、その傾向を一層促進させる可能性が高いでしょう。