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連載

第14回 会津

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

 新幹線で郡山へ。車内で読んだ本は荒川洋治の文庫本。タイトルは忘れてしまった。すごいなこの人、と唸りながらコーヒーをすすり、朝早かったので途中眠り、郡山へはすぐに着いた。
 新幹線を降り、磐越西線という路線に乗り換える。そういえばギターケースが壊れたので新しいケースで旅に出た。ケースといってもリュックのように背中に背負える「ギグバッグ」と呼ばれるものなのだろうか。急いでいたのでネットで買った。これが以前使っていたものよりひと回り大きく、さらに重たい。失敗した。電車の移動には不向き。さあ降りよう、となった時に、先端がドアの上にバコンとぶつかる。高さもあるのだ。だからしゃがみながら降りる。非常に間抜けで、その度に恥ずかしいなと思う。ただ以前のものより頑丈なので、そこは良い。それから、今後旅が長くなる(ライブが多くなる)ことを予想して、一度綺麗にギターを磨いた。汚れを落とすレモンの汁みたいなものと、コーティング剤と。これをキメの細かいマイクロファイバーの布で薄く伸ばして磨く。ボロボロのギターだけど、隅々まで掃除すると、音が良くなった。そればかりでなく、弦が切れにくくなった。もっと早くこういうことをしておけば良かった、と思った。
 磐越西線で会津若松まで約1時間。そこからライブ会場のある喜多方駅までは30分ほど。だがライブは次の日だ。福島に前乗りしたのは、祖父母の墓参りをするため。いや、叔父も数年前に亡くなったので、叔父の墓参りもあった。会津若松から喜多方へ行く列車ではなく、只見線という別の路線に乗った。
 4人がけの席に座ると、目の前に2人組の男性が座った。急いで乗り換えてきたようで、1人は汗をかいていた。恰幅のいい男性で、すいませんねえと言いながら前に座った。もう1人の眼鏡の痩せた男性は落ち着いていた。列車が走り始めると、眼鏡の男性が外を眺めながら、あれが磐梯山だよ、と言った。晴れてるから今日はよく見えるね、と付け加えた。恰幅のいい男性は汗を拭きながら、綺麗ですねえ、と返した。2人は50代くらいだろうか。自分より少し上に見えた。とても楽しそうで、どういう関係なのだろうとぼんやり考えたが、旅の仲間だろう、ということで勝手にオチをつけた。目的の駅に近づいて、荷棚からギターをよいしょと下ろして背負うと、恰幅のいい男性が、海外からの帰りですか、と尋ねてきた。はて? と思ったが、海外からの帰りに見えたのだろう。そういうことにしておけば良かったが、明日喜多方でライブがあるんです、と答えた。にこっと笑って男性が、そうですか、と言ったところで列車は駅に着いた。
 ボタンを押さないとドアは開かない。ドクっとボタンを押して外へ出た。ここが祖父母の故郷、母の故郷か。スーツケースをガラガラ転がしギターを背負ってたどり着いた。宿は安いビジネスホテルを取っていたが、駅から離れているので、少し作戦会議が必要だ。とりあえず駅前にあった食堂に入った。

駅にあった看板

 喜多方といえばラーメンが有名らしいが、この隣町でも喜多方ラーメンだ。ラーメンを注文した。出来上がるのを待っている間、何人かお客さんが入ってきた。昼食の時間はとうに過ぎていたが、この日は3連休の初日。ゆっくり起きて街へ、という人も多かったのかもしれない。ビシッと髪を整えた男性が入ってきて、なんとなく叔父のことを思い出した。祖父のことを思い出した。大叔父も、髪をビシッとしていたイメージがある。ラーメンが運ばれてきた。すする。うまい。これは隠れ名店なのではないだろうか、そう思った。汁を飲み干し、駅へ戻る。

駅前の食堂のラーメン

   タクシー会社の電話番号はメモしてきていた。宿も墓も歩ける距離ではなかったので、タクシーを呼んだ。5分もしないうちにタクシーは来た。まずホテルへ寄って、そのままここのお墓に行ってください、と地図を見せると、ああいいですよ〜とやわらかく返してくれる。少し懐かしい気持ちになる。このイントネーション。叔父や大叔父を思い出す。タクシーは走り始め、ちらほらある酒蔵がどういう酒蔵か、簡単に説明してくれる。宿に着き、チェックインの時間になっていなかったが、いいですよ、とチェックインさせてくれる。フロントの女性が少しアンニュイで、目の端に夜が見えた。こういう時の気分はどう説明したらよいのだろう。むらさき色の予感がする、そんな感じだろうか。
   タクシーに戻り、次は墓へ。こういう道だったっけかなと思いながら、車はぐんぐん進む。そして少し勾配がある道に、細い道に入ったところで速度を落とし、ぐいっと左に曲がった。ここだと思いますよ、と着いた場所はまったく見覚えがなかった。だけどここしかない。ここなのだろう。運転手さんにお礼を言い、タクシーは切り返して去っていった。まだ陽が落ちるまで時間はあったが、少し日陰になった部分もあり、ひんやりとした風も吹き始めた。とても田舎で、山があり、熊が出そうだ、と直感で思った。早く墓を探そう、そう思ったがなかなか見つからない。母に電話しても良かったがそれはなんとなく野暮ったく感じられた。20分ほど経ち、ようやく墓を発見。ちょうど西陽が墓の苗字に当たっていた。花が供えられていて、叔母が最近来たのだろうかと思った。持ってきていた線香を焚こうとマッチを擦ったが、なかなか火がつかない。何度目かでようやく火がつき、線香に移す。自分のルーツのことはよく知らなかったので、曽祖父母、さらにその前の代、前の代、と墓に刻まれた名前をメモ帳に書き写していく。叔父も祖父も早死だな、それに比べて祖母、ひいばあさんの長生きといったら……。なるほどねえ、と呟いて墓を後にした。
 タクシーを呼んでも良かったが、歩いて駅の方まで戻ることにした。飲み屋がある場所はだいたい地図で調べてきてはいた。山に囲まれた、美しい風景がある場所だなと思った。母からはとにかく田舎で早く村から出たかった、と小さい頃から聞かされていたが、訪れるのと住むのとでは違うのだろうか。祖父が酒乱で大変だった、普段は優しいけど酔うとひどい、とにかく大変だった。そんなことも聞かされていたから、この町に怖いイメージがあったけど、目の前に広がる美しい風景に怖さは感じなかった。

夕陽が綺麗な町

   30分ほど歩いて、ようやく商店街らしき場所に辿り着いた。しかしやっている店はまばらで、商店街というよりは、商店がポツポツある通り、という感じだった。昔は店が全部開いていて、賑わったんだろうなということは想像できた。街灯が綺麗で、それがまたさみしさを誘う。やっている飲み屋を探して歩いた。酒が飲みたいし、話が聞きたい。この町は自分のルーツでもあるのだ。1軒の飲み屋から注文を通す声が聞こえた。元気な女性の声だった。ここにしよう。暖簾をくぐると、忙しそうに女性が飲み物を運んでいた。いらっしゃい。

 つづく

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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