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連載

第18回 渋温泉-金沢

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

 だらだらとツアーをやっている。
 はたから見たら、そう思われるだろう。自分でもそう思う側面はある。実際のんびりツアーをやっているのだ。
 1本1本のライブは、それは真剣なものだが、昨年の夏に出したアルバムのツアーも、もう8ヵ月目。本数は少ないものの、そろそろ1年が経とうとしている。
 はじめからそういうものを狙っていた訳ではなかったけど、うちの街にもぜひ、という感じで、誘ってくれたり、自分から押しかけたり、でじわじわとライブが組まれていった。

 昨年の12月に、久しぶりに金沢へ出かけた。「もっきりや」というハコで、11年ぶりに伺うことになった。富山競輪をくっつけようと思ったが、問い合わせると冬季は開催していなかった。
 前に行った時は北陸新幹線がまだ開通していなかった気がする。「はくたか」というのは特急の名前で、それに乗って行ったような気がしたからだ。車内で係の人が回ってアンケートを取っていた。特急を使う頻度や、これからできる新幹線のことについてなど。アンケート用紙に記入し、記念にボールペンをもらった記憶がある。
 金沢は遠かった。しかし新幹線ができて、グッと近くなった。今なら東京から2時間半くらいか。前は新幹線で越後湯沢まで行き、そこから特急「はくたか」に乗り換え、合計4時間くらいはかかっていたのではないか。縁がなくなかなか行けなかったが、金沢にどうして来てくれないのか、とライブのお客さんからけっこう言われ、次のツアーでは必ず行こうと決めていた。
 時期は特に決めていなかったが、年内に行きたかった。お店に連絡すると、12月のここしか空いていない、ということで12月中旬の日曜日に決まった。単発で行って帰ってかなと思っていたが、ちょうど長野県の渋温泉で毎年行われているイベントから誘いが入り、そこに出てから金沢という行程を組めることになった。今まで何度も呼んでもらってる温泉地でのイベントだ。

川沿いに源泉が湧き出る

 渋温泉でのイベント「音泉温楽」は、金具屋という旅館の大広間で行われる。長野電鉄の湯田中という駅で降りて車ですぐ、歩いても行ける距離にある。新幹線の長野駅から送迎してもらったこともあるが、今回は「調べたら実は飯山って駅の方が近かったんです」と言われ、そこから送迎してもらうことになった。10年以上そのイベントはやっているが、北陸新幹線のその新駅と渋温泉は、今まであまり結びつきがなかったのかもしれない。金沢で久しぶりに会った知人もライブ後、「渋温泉からどうやって金沢来たんですか」と言っていたくらいだ。
   たしかに飯山駅の方が近かった。長野駅からの所要時間の半分くらいか。渋温泉に来ると、懐かしい気持ちになる。いつもは土曜日の遅い時間での出演か、2日目の日曜日の最後というのが定番だったが、今回は日曜に金沢が決まっていたため、土曜の早めの時間に出演させてもらった。夕方ライブをし、19時には体が空いたので、街を少し散策した。今まではこの時間がなかったのだ。
 行きたい店はなんとなく決まっていた。アンクルトム。看板が素敵なバーだ。ようやくこの店でゆっくり飲める。雪の街のバー。冬の温泉街のバー。扉を開けると、まだ店は開いたばかりで誰もいなかった。メガネが一瞬でくもり、ダウンや上着を脱いだ。カウンターに腰掛けるとマスターが来て「何にしますか」と聞いた。ジンがいいなと思っていた。ジントニックを注文した。いや炭酸で割ってもらったか。ゆっくりライブの疲れを流した。マスターともゆっくりお話をした。温泉街で50年、バーを続けてこられた。とても楽しかった、と。「でもあともう2、3年かな」とも言っていた。「お客さんがあんまり来ないし、みんな家で飲むようになったからね」。悲壮感がある訳ではなく、とても静かに、話をしてくれた。外は雪が降っていた。何杯か飲み、とても楽しかったですと伝えると、僕もとても楽しかったと返してくれた。店のマスターというのはなんて尊い仕事なのだろうと思った。店を出ると雪が深くなっていた。

この街で50年

 翌朝、早めに宿を出て、飯山駅に向かった。茶店を探そうとしたが荷物も邪魔だったので、駅のカフェで外を眺めながらコーヒーを飲んだ。雪をかぶった山が近くに見えた。
 新幹線となった「はくたか」で金沢を目指した。途中、トンネルを抜けると、一気に天気が悪くなった。雨が降って、先行き不安な感じがした。金沢駅に着いても、雨が降っていた。ギターのストラップを宿に忘れてきたので、駅ビルの楽器屋で求めた。同じものの色違いがあって助かった。肩のところの引っ掛かり具合が、ストラップでけっこう変わるので。駅からバスに乗りホテルの近くまで。チェックインを済ませて部屋に入ると、いよいよ天気は大荒れに。窓の外の看板を大粒の雹(ひょう)みたいなものがバシバシ叩く。夕方前なのに外は真っ暗。体調は優れないし、それでもライブは休めない。いや、金沢まで来て休みたくない。荷物をまとめ、意を決して外に出た。幸い、雹は止んでいた。びしょびしょの道をギター担いで荷物転がして店まで。久しぶりのもっきりや。マスターが相変わらず怖い。いや、怖いというのとは違う。店の雰囲気が厳かで、凛としていて、緊張感があるのだ。浅川マキのもっきりやライブのポスターも一役買って、時代の深みが。自分なんかがやっていいのかな、という気持ちも隠せず、リハ。しかしライブ本番は体調悪くとも、突き抜ける瞬間あり、怖いはずのマスターが一番「おー」とか「へー」とか声を出してくれていた。終わって急いで片付け、ようやく一息。マスターにおすすめの店を聞くと、いい飲み屋を紹介してくれた。さっと電話で予約も入れてくれて、「飲みますか」と言ってカウンターでグラスにビールを注いでくれた。ありがたくいただき、店を後にした。宿に戻り部屋に荷物を置き、街へ繰り出した。体調はイマイチでも、夜の街は特別なのだ。おすすめの店に行き、美味しいものをいただき、少しフラフラして宿に戻り、夜3時過ぎ、眠った。

もっきりや。金沢で50年

 翌日も天気はぐずついたが、歩いた。偶然たどり着いた「にし茶屋街」は、漢方薬局の方が教えてくれた。買った板藍根(ばんらんこう)も効いた。北陸鉄道に少し乗ったり、新幹線が敦賀まで伸びたことでIR(いしかわ鉄道)になった旧JRの鈍行に乗ったり。ここ数年で金沢、北陸が変わってきたのだなということが風景から感じられた。路面の線路の上空を、どデカい新幹線のコンクリート橋が一直線に伸びていた。
   移動し疲れたので、最後宿に荷物を取りに戻る前にコーヒーをと思いぐるぐるビルの周りを歩いていたら、裏道に、雨の中ぽっと咲く花のように、コーヒー屋の看板があった。思わずガッツポーズし、店内へ。

旅の最後に入った喫茶店。コップの色、灰皿の色、草花の色、完璧な配色

   店の名前は、寒い冬のある街にぴったりの、春を予感させる名前だった。のんびりツアーをやっているはずなのに、いつも急ぎ足なのはどうしてなのだろう。カウンターでおじさんが雑誌を読んでいた。ストーブがついていた。雨の音がうすく聞こえていた。

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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