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連載

第30回 彼の地3

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

   店に入ると、まず飛び込んできたのがクマの写真だった。さっき定食を食べた居酒屋らへんを、クマが歩いている写真。知床といえば、というくらいだからそりゃそうだろう、とは思うが、ビクッとした。写真をようく見ると、知床のクマさん、と書いてあり、そういうお菓子が売っているようだ。それを購入し、店の方の話を聞き、外へ出た。

知床のクマさん

 そろそろ知床斜里ともお別れか。特に何をしたわけでもない。斜里川をもう一度眺め、自転車を返し、駅へ歩いて向かう。空が綺麗だ。
 駅へ着き、切符を買おうとすると、まさかの「運休」の文字。乗ろうとしていた16時44分発網走行きが、倒木のため運休と書いてある。次の列車まで2時間20分。その列車も確実に走るかどうか分からない、とのこと。これは困った。少し焦った。駅の隣にあるバスセンターへ行く。網走へ行くバスはありますか。ないですね。困った。網走のスナック「花束」に行きたいのだ。確認しに行きたいのだ。(第28回「彼の地」を参照下さい)

倒木のため運休

 とりあえず、次の列車に賭けよう。それまでは、この街を楽しもう。気を取り直し、さっきの自転車を貸してくれた店に行き、事情を説明して、もう少し借りさせてもらうことにした。海だ。海を目指すのだ。何かが邪魔していて海に行けなかったが、もう少し粘って走ってみることにした。すると、漁港のようなところに出た。立て看板を見ると、斜里漁港と書いてある。自転車を停めて海を眺めた。小さな砂浜にカラスが何羽かいた。海の中に入り、バシャバシャと遊んでいる。光を反射して水面が輝く。自由だな、カラス。そう呟いて、海を後にした。
 せっかくなら斜里で飲んでいくかと店を探す。良さそうな店が何軒かある。一番古そうな店へ。大量に出てきた鮭とばを噛み、しゃぶりながらビールを飲む。もう斜里に泊まってもいいか。半ばやけくそな気持ちで店を出て、夕暮れの街を歩く。もうどっちでもいいよ。列車がなくてもあっても。駅へ戻り駅員さんに聞くと、無事列車は来るとのこと。ちょっと安心、ちょっと残念な気持ちでホームに行く。夕陽がど真ん中に顔面を射抜いてくる。小さな人間の小さな旅を、鉄道がダイナミックにしてくれる。夕闇の海沿いを、列車は走って網走へ向かった。

釧網本線網走行き、19時37分

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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