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連載

第33回 門別競馬放浪記

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

 某月某日。北海道の門別競馬場にいた。

 札幌のライブの主催者から、日程候補がいくつか送られてきて、ここなら門別競馬場の年内最終開催日とつなげられます、と丁寧な文言が添えてあった、その日に、ライブを組むことにした。

 門別競馬場は行ったことがなかった。北海道で唯一の地方競馬場。帯広のばんえい競馬、札幌、函館の中央競馬はあるが、地方競馬はここ門別だけだ。ライブの前々日に北海道入りし、競馬場へと向かった。
 新千歳空港からまずは札幌へ。ちょうどいい時間帯の飛行機がなかったので、だいぶ早くに札幌駅に着いた。ギターとスーツケースがあるので、あまりウロウロはできない、したくないと思い、今回は事前に、喫茶店を探しておいた。ネットの情報では、駅からすぐ出たところに、古い喫茶店があるという。果たして、実際に来てみると、たしかにそこにあった。駅と向かい合ったところにある、古いビルの1階。これはいい。これから使えるぞ、と思いながら、近づき、店に入った。店内はこぢんまりとしていて、のんびりした空気が流れていた。かなり好みの喫茶店だ。入り口のところに荷物置いていいですよ、と言われたのは、やはり同じようにお店を使う人が多いからだろう。
 モーニングを頼み、地元の北海道新聞を読む。知床の船の事故の下に、バスが10路線廃止、という記事があった。鉄道が廃線になったり、バスがなくなったり、これは車がない人には死活問題だと思った。関東にいても、バス少なくなったなと思うのに、北海道の公共交通機関の減少率は、その比ではないだろう。旅の最初に、この記事を読めてよかった。

朝も早よから営業中。サンキュー

 店を出て、ロータリーに向かった。このロータリーから門別行きのバスが出る。競馬場が出している無料シャトルバスで、すでに10人以上が並んでいた。いや、もっとか、30人くらいは並んでいたか。だいぶ前に予約は済ませていたので、安心してその列に並んだが、一応、これは門別競馬場行きの列ですか、と前の人に確認した。そうですよ、と教えてくれた。
 後ろに並んだおじさんと、競馬の話をした。歯が欠けたおじさんは、ニコニコと楽しそうだった。おれはこういう人好きなんだよな、と思いながら話をさせてもらった。
 バスが来て、3台並んだ。気づけば人がかなり並んでいた。年内最後のホッカイドウ競馬を楽しみに色々なところからファンが駆けつけたのだろう。長い冬、北海道ではばんえい以外競馬開催がなくなるだろうから。
 バスは高速を走り、途中1回休憩を挟み、1時間ほどで、門別競馬場に着いた。初めて来た。車窓から、厩舎の建物がいくつか見える。競馬場と一体になっているのがよくわかる。バスから降りると、冷たい風が、頬にあたった。午後の光が広いコースに降り注いでいた。日は少し傾き始めていて、冬が近いことを思わせた。
 さっそくパドックの方へ行き、馬を眺めた。まず最初に驚いたのは、馬を引いてる厩務員に、インド系の外国人が多いこと。最近関東の地方競馬も行けていないので、これは全国的なことなのだろうか。それとも北海道だけなのだろうか。半分以上、いや、7割くらいの割合で、インド系の人が馬を引いていた。食堂には本格的なカレーの店もあり、ここでもインド人らしき人が働いていた。さらには、スタンドにいる客にも、インド系のグループの若者たちがいた。額に赤い点をつけていたので、インド人だろうと思う。昔どこかで、インドでは競馬が盛んだ、という記事を見かけたことがあったので、それでパイプができたのだろうか。ナマステ、と心の中で挨拶をした。

パドック。インド系の方が多かった。ナマステ!

 広いダートコースはおそらく日本最大級だろう。馬もどこかのびのびと走っているように見えて、それは気のせいだろうと思うが、北海道の大地に、馬は似合っていた。何レースかやると、もう日が暮れかけてきて、夕日の中を、馬たちが走っていた。何枚も写真を撮った。馬は走った。おれは写真を撮った。馬はゴール板を過ぎると、減速して、ジョッキーも手綱をゆるめた。少し桃色がかった丸い太陽は、いよいよ向こうのほうへ、すべり落ちていった。

馬の走る姿は美しい、夕日も

 日が落ちて寒くなると、あったかいものが食べたくなる。せっかくだからインドカレーかなと思ったが、うどんにした。競馬場、しかも寒い屋外で食べるうどんはかなりの好物だ。年々競馬場はクリーンになってきているが、外でうどんが食べられるなら、いくつになっても、競馬場には遊びに行きたい。よぼよぼの爺さんになっても、うまい、と思いながら食べる姿は想像できる。しかも門別競馬場のうどんは、手打ちだった。うねった麺が、かみごたえがあって食欲をそそる。汁までしっかり飲み干して、後半戦に挑んだ。
 もうすっかり日が暮れて、レースも終盤。パドックで馬を眺めていると、少し雪のようなものが降った。いや、雨だったか。だいぶ冷たい。ストーブがあったのでその近くに行き、そこから馬の様子を眺めた。すると、ひとり、明らかに雰囲気の違う男が、馬を眺めているのに気がついた。皆ダウンやジャンパーを着込んでいるのに、その人は黒のロングコートに、ハイネックの黒のセーター。下はスラックス。白い紙袋をぶら下げていて、やけに雰囲気がある。そしてちょっとあやしい。小説家か? と思ったが、もう少し街の男、の感じもある。とても興味を引かれた。まだこういう人が競馬場に来ているのか。嬉しくなった。
 年内最後の開催日とあって、最終レースまで人はけっこう残っていた。パドックで明らかに調子の良さそうな馬から買った。結果は大きく外れた。外では寒いからか、表彰式は建物の中で行われた。狭いスペースにぎちぎちに人が集まっていた。真ん中に調教師、右側にジョッキー、左側に、あれ? さっきのあやしい男! 二度見してしまった。あの雰囲気のある男は、馬主だったのだ。マイクで紹介されて分かった。少し恥ずかしそうに、下を向いて表彰されていた。俄然興味が湧いた。この人と話がしたい。さっきパドックでウロウロしていたくらいだから、あまり自分のことを偉いやつ、と思ってなさそうだ。案の定、ささーっとその場から離れて、勝った馬のゼッケンを小脇に抱えて、建物から出ていった。今だ。自分も出口の方へ向かい、その男のあとを追った。ずんずんと歩く男。小走りで追いかける私。しかし男は背中から、近づくんでない、というオーラを出す。がんばれ、旅が楽しくなるぞ、と強い気持ちで近づく私。が、男は駐車場に着き、さっと白い車に乗り込み、去っていってしまった。負けた。競馬にも負け、その男にも負けた。まだ夜は少し残っていた。
 建物の中に戻ると、年内最後の開催ということで、門別競馬所属のジョッキーが全員出てきて、ファンサービスをしていた。写真を撮ったり、サインをしたり。いったいあの男はどんな仕事をしているのだろうか。門別の夜の店に行けば、彼に会えるかもしれない。タクシーを呼んでもらい、街を目指すことにした。

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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