税理士が「インボイス制度」に反対する理由 ~導入されれば、日本経済は大混乱に陥る!
菊池純(税理士・インボイス制度の中止を求める税理士の会事務局長)
(構成・文/仲藤里美)
そして、私がさらに問題だと考えているのは、インボイス制度の導入によって、すべての事業者の事務負担が一気に増加するということです。
インボイスを発行する事業者も、発行の都度その写しの作成・保存が必要になりますが、受け取った側の事業者はさらに大変です。課税事業者からのインボイスと免税事業者からの請求書を逐一分別し、インボイスの事業者番号が正しいかどうかを確認し、インボイス記載の税額を税率ごとに整理して計算し……。
しかも、これまでは3万円未満の取引については領収書がなくても帳簿への記載だけで仕入税額控除が認められていたのですが、インボイス制度の導入後はこの特例も廃止されます(鉄道運賃、自動販売機で購入したものなど一部の例外を除く)。これによって、今問題になっているのが銀行の振込手数料です。売上の入金があった際に銀行の振込手数料が本来の金額から引かれていたという場合、振込手数料にかかる消費税を仕入税額控除に含めるためには、取引先にインボイスを発行してもらうと同時に、銀行からもインボイスを取り寄せなければならないということになります。
こんな複雑な、コストもかかることをすべての事業者ができるはずがありません。さらには、税務署がすべてを調査するのにも無理があるということで、今さかんに喧伝されているのが「電子インボイス制度」の導入です。これは、インボイスの発行・処理を、紙を介さずデジタルプラットフォーム上で行うというもの。すでに「電子インボイス推進協議会」という団体が立ち上がり、ヨーロッパなどで用いられている電子インボイスの標準規格を日本にも導入するとしています。
しかし、本当に電子インボイスは、紙のインボイスよりも優れているといえるのでしょうか。電子データでの保存は、データが飛んでしまうこともあるし、コピーや改ざんも容易だという問題があります。本当に事業者の負担を減らすことにつながるかどうかの検証も、まったく行われていないのです。
そもそも、電子インボイスが導入されれば、事業者はそのための環境を整える必要があり、これにまたコストがかかります。先に触れた「電子インボイス推進協議会」には、デジタルプラットフォームを供給するIT関係の業者が何十社も入っています。それだけ大きなビジネスチャンスだということなのでしょうが、言い換えれば、それは、デジタルプラットフォームを導入して電子インボイスを使えるようにするためのコストがどれほど大きいかということでもあります。軽減税率導入のとき、それに対応できるレジ機器などの購入負担に耐えられなくて廃業した事業者がたくさんありましたが、また同じことが起きかねません。
さらに、電子インボイスについてはもう一つ大きな懸念があります。インボイスのデータを通じて、取引情報がすべて国に吸い上げられてしまうのではないかということです。
たとえば、クラウド会計ソフトなどを提供している「freee」という会社があるのですが、ここの利用規約には、会員情報は同意なしに第三者に開示しないとしながらも、「法令または公的機関からの要請を受け、要請に応じる必要を認めた場合」はその限りではない、との規定があります。つまり、政府からの要請があれば、あなたの会員情報を開示するかもしれませんよ、ということ。電子インボイスについても同じような規約が設定され、いつ国に取引情報が流れるかもしれないという危険性は十分にあると考えられます。
制度が導入されれば、日本経済は大混乱に陥る
このままインボイス制度が導入されれば、多くの中小・零細事業者が廃業に追い込まれ、街には大手のチェーン店ばかりになるのは間違いありません。あるいは、廃業しないまでも消費税分の値上げを余儀なくされる事業者が増え、物価の上昇にもつながるでしょう。
そしてどの事業者も、取引先を選定する際に、これまでは相手の提供する製品やサービスの内容で選んでいたのを、「インボイスを発行できる適格請求書発行事業者かどうか」で選ばざるを得なくなる。税制の介入によって商取引が歪められ、免税事業者が排除されてしまうわけで、許されることではないと考えます。
ただでさえコロナ禍で経済が疲弊している中、こうした制度を導入することは、日本経済を大混乱に陥れることになります。私が所属する東京税理士会はインボイス制度導入に反対の立場ですが、全国組織の日本税理士会連合会が条件付きながら「円滑な導入・実施について」という提案を取りまとめたことは残念でなりません。税理士の使命は「納税者の権利を護る」ことであり、その使命の遂行のためには、ときに行政に対してももの申さなくてはならないと思うのです。
先の通常国会では、立憲民主、共産、社民、れいわの野党4党が消費税減税とインボイス廃止を求める法案を共同で提出し、継続審議になりました。どれだけ問題の多い制度かということを知らしめ、反対の世論を広げていくことで、まだまだ導入の中止に追い込むことは可能だと思っています。「インボイス制度の中止を求める税理士の会」にも、これまで全国で351人の税理士が賛同を寄せてくれました。今後も税理士の仲間を増やし、根強く反対の声を上げ続けていきます。
著者情報
税理士・インボイス制度の中止を求める税理士の会事務局長
菊池純
きくち じゅん
税理士。インボイス制度の中止を求める税理士の会事務局長。1954年生まれ。85年に税理士資格を取得、86年に菊池純税理士事務所を開設。東京税理士会元常務理事。新宿税理士政治連盟会長。