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公有地に協同組合で住まいをつくるスペインの試み――「私有」でも「賃貸」でもない集合住宅

工藤律子(ジャーナリスト)

「市は、今後も計1000世帯の住宅が建設できるだけの土地を提供する予定です。それと同時に、建設費用の20〜25パーセントの融資も行っていきます。協同組合形式での住宅建設と運営は、より人間味のある都市づくりに役立つ、よい選択肢だと思います。自由市場はコミュニティに信頼の絆を築くことはできませんが、こうした協同組合形式の集合住宅は、それができる。そこが、この方法の価値あるところです」
 バルセロナ市住宅局コミッショナーのジョアンラモン・リエラさんは、そう強調する。市は、所有する土地を市民の住宅建設プロジェクトに提供することで、持続可能で豊かな地域コミニュティを築くことができると考える。市民主導のプロジェクトを応援することで、日本でいう「公団住宅」を、より市民のニーズに合ったかたちで実現しているのだ。
 公有地に建てられた住宅協同組合が運営する利用権譲渡型集合住宅は、「公的保護住宅」という住宅カテゴリーに組み込まれ、市からの援助=土地の提供と融資などを受ける代わりに、土地の借用権が失効した時点で、自治体の所有となる。公団住宅のような社会的目的をもつ公営住宅になるのだ。
 つまり、市民と自治体の連携による、この住宅建設・運営形式は、市民にとっても自治体にとってもメリットが大きい。

 

環境とコミュニティ重視の住まい

 理想を実現したラ・ボルダの住人たちは、そこでの暮らしを満喫している。
 環境に配慮した設計の建物の内部は、天井や壁に沿って走るパイプに流れる空気の温度を調整することで、一年中、過ごしやすい室温に保たれている。センサーで気温を感知して開閉する共有スペースの広い窓も、それに貢献する。屋上には、近隣の住民とともに設立した「再生可能エネルギー協同組合」の太陽光パネルが置かれ、ラ・ボルダだけでなく、近隣の家庭にもエネルギーを供給している。
 半透明の屋根をもつ建物中央部は吹き抜けになっており、各階が長屋のような造りの住宅は、2階部分に広い物干し場や遊び場のような共有スペースをもち、通りに面した大きな窓から差し込む陽の光に明るく照らされている。その脇には、洗濯機が並ぶ共有洗濯場がある。さらに1階には、広い共有ダイニングキッチンがあり、隔週の水曜日には住人たちの食事会が開かれる。それ以外の日でも、誰かの誕生パーティを開くなど、住人が自由にスペースを予約して利用している。すべての共有スペースの掃除は当番制になっており、建物の修理などもできることは皆、週末に住人の手で行う。

ラ・ボルダ2階にある共有スペースでは、雨の日も晴れの日も、大人や子ども、誰もがくつろげる。建物中央の吹き抜けを囲む廊下からも、その様子がよく見える。撮影:篠田有史

「このアプリを使って、当番を確認したり、洗濯機やダイニングキッチンの利用予約をするんです。ちょっとした困りごとを相談できるグループチャットもありますよ」
 スマートフォンを見せながら、住人のペルー人女性ロクサナさんが説明してくれる。同居人の高齢男性ダビさんも、ここでの生活について、こんな感想を述べる。
「とても気に入っています。つい最近まで、1年ほどからだの不調に苦しんだのですが、互いを労(いたわ)ることを知る隣人に恵まれた場所に住んでいることに、心から感謝しました」
 人と人のつながりを生み出し、安心して暮らせるコミュニティを築くことに重きをおく住宅プロジェクトは、コミュニティを構成する一人ひとりの生活そのものを、協同で支えている。前出の協同組合理事、アドリアさんは言う。
「ここでは、仮に住人の誰かが失業して家賃が払えなくなっても、協同組合が3カ月間、肩代わりをします。それでも時間が足りない場合は、最長9カ月まで無利子で貸し付けます。仕事探しも手伝うんです。パンデミックの際は、そうやって仲間2人を支えました」

各部屋は、建物中央の吹き抜け部分に面して、玄関がある。その姿はまるで長屋のよう。廊下を歩く隣人同士がしぜんに顔を合わせ、声を掛け合える空間となっている。撮影:篠田有史

 環境と隣人のコミュニティを重視する姿勢は、ソストレ・シビックの集合住宅プロジェクト「シラレアス」も同じだ。こちらも太陽光パネルを設置して、電力の一部を再生可能エネルギーで自給し、建物全体の壁に通したパイプを流れる空気の温度を調節することで、室温を一定に保つ。また、共有スペースとして、物置き、洗濯場、ダイニングキッチン、テラス、コワーキングルームが設けられている。玄関に停めてある3台の電動自転車も、共有物だ。
 近所付き合いが少ない都会育ちだという前出のエバさんは、共同体的な暮らしの要素を取り入れた住宅モデルは、「よりよく生きるために有効」と語る。
「住まいを持つ権利を保障する、という共通の目的のために協同するなかで、コミュニティが生まれ、日常的な助け合いができる人間関係が築かれていく。その一方で、各住人は自分の住まいを持ち、プライバシーも維持できる。普通に賃貸するより、ずっと安心な暮らし方です」

シラレアス最上階の自宅で、そこでの生活について語るエバさん。「大勢のコミュニティでは問題も起きますが、それも皆で解決するので、支え合えることが一番です」。撮影:篠田有史

 

住まいを持つ権利を守る

 この「公有地に住宅協同組合で利用権譲渡型集合住宅を建てる」試みは、現在、全国へ拡大しようとしている。バルセロナでの動きを、まずカタルーニャ州全体へ普及させようと動いたのは、同州内の様々な協同組合などが構成する「連帯経済ネットワーク(XES)」内の「住宅グループ」だ。XESでは、人の暮らしと環境を軸に据えた経済=社会的連帯経済を築くために必要なテーマごとにワーキンググループをつくっているが、住宅グループもその一つ。そこには、州内の住宅協同組合やそのプロジェクトを支援する建築関係者などの組織が集う。チームメンバーの建築設計士、ラリ・ダビさんは、住宅協同組合と自治体の連携が生まれた経緯を、こう説明する。
「ラ・ボルダのようなケースをきっかけに、私たちは、州内各地で協同組合による利用権譲渡型集合住宅の建設を考えていた人々をつなぎ、協同で公共政策に様々な要求や提案を届けることにしました。そうすることで、自治体からプロジェクトへの融資や公有地の提供を取り付けたのです」

XESの住宅グループに参加する建築家のラリさん。ラ・ボルダがあるサンツ地区にある建築家協同組合のメンバーで、ラ・ボルダの設計も手がけた。撮影:篠田有史

 収入の上昇率を超える住宅価格や家賃の高騰は、スペインの都市部に暮らす若者や一人暮らしの高齢者を中心に、誰もが直面している問題だ。その現実を前に、住まいを持つ権利を守るために考案された新しい住宅建設・運営のあり方は、将来、住宅を手に入れるための一つの選択肢となり、市場における住宅価格にも影響を与えるようになることが期待されると、ラリさんは言う。
「私たちが推進しているプロジェクトは皆、住宅を投機対象とすることに反対し、住宅価格の上昇を抑えること、そして、環境負荷の少ない持続可能な住宅を建て、人々が地元コミュニティで暮らし続けられる可能性を高めることを目指しています。こうしたプロジェクトが一般的になれば、住宅市場においても価格がある程度の水準に抑えられないと、誰も購入も賃借もしなくなると思うんです。“住宅は単なる市場の商品ではない”という考えをもっと広められたら、と期待しています」
 スペイン全体では、自治体が土地を提供するケースは、まだ稀ではあるものの、ナバラ州やバスク州、マドリード州などでも、すでに現れている。XESの住宅グループが参考にしてきたデンマークなどでは、さらに普及しているようだ。
 人の暮らしの安心・安定は、まず住まいを持つところから始まる。自らの住まいを持つ権利を保障するために、バルセロナ市民の試みから学ぶことは多い。

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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