労働法の適用外しで待遇低下は必至? 「高齢者雇用安定法」への懸念
伊藤圭一(全労連常任幹事、雇用・労働法制局長)
少子化は、長きにわたる自民党政権の労働政策の帰結である。長時間労働の蔓延(まんえん)、非正規化の推進、賃金の長期にわたる下落、待遇における女性差別、待機児童問題に象徴される子育て支援策の不十分さといった要因が、出生率を牽引(けんいん)する20~30代層を直撃し、本人の希望とは別に「晩婚晩産」あるいは、子を持たない選択を強いてきた。しかし、「建議」はこうした側面を無視し、本来行うべき政策(安定雇用と賃金の向上、ジェンダーギャップの是正・根絶、子育て支援策の拡充等)の必要性に触れず、高齢者の労働力化を必然のものとしている。
高齢者の就業率の上昇傾向についてもごまかしがある。年金の支給開始年齢の引き上げや低すぎる支給額、社会保険料負担や医療・介護の自己負担額の重さ、生活保護基準の改悪と窓口での受給抑制等、高齢者に対して冷たい社会保障政策がたたみかけられ、多くの高齢者は「働かなければ生きていけない」状況に追い込まれている。働く意欲があり働きに出る条件が整っている高齢者も確かに存在するが、政策が高齢者を就業へと追い込んできた側面を無視し、高齢者の意欲に応じるかのような描き方をするのは、マッチポンプ型の欺瞞である。
同時に、働くことができない高齢者になんら言及しないことで、そういった高齢者を暗に「意欲がないもの」、社会保障に寄りかかり現役層の負担になるものとの負い目を刻印している。働くことができない高齢者に就労圧力を加えると同時に、社会保障制度改悪について異論の声を上げられないようにしている。
このように因果関係をゆがめることで、高齢者が直面する課題や思いも政権に都合よく描き直され、「雇用安定法」に雇用不安定化を持ち込む規制緩和の仕組みが盛り込まれたのである。
この重要な法案が一括法案に紛れている!
ところでこの「高齢者雇用安定法案」を、衆議院のホームページの議案リストで探しても、簡単には見つけられない。実はこの法案、雇用保険法、労働者災害補償保険法、労働保険料徴収法、特別会計法、労働施策総合推進法などと合わせて、「雇用保険法等の一部を改正する法律案」に一括されている。しかも、一括された中に予算関連の法律案があることを理由に、3月末までに決着させる「日切れ法案」とされている。
一括法案に盛り込まれた課題は、多岐にわたる。しかも、労働者の立場からすれば、改善に資するものと改悪とが混在している。そうした法案群をひとまとめにして、十分な審議時間を確保せず、採決に当たって法案ごとの是々非々の態度表明をも封じ込める手法は、安倍政権において多用されているが、非民主的、国会軽視のやり方である。
少なくとも、各法案を分離し、高齢者雇用安定法案については、日切れ扱いから外した上で、徹底審議をするべきではないか。その際、高齢者雇用安定法案からは少なくとも委託契約・有償ボランティアの選択肢は削除する、できれば廃案とするべきと考えるがどうだろうか。
ついでに言えば、一括法案の名称で“主役をはっている”雇用保険法案も単独で審議すべき社会情勢になっている。新型コロナウイルス感染症の影響で、雇用情勢は急速に悪化しているからだ。雇用保険への国庫負担を本来あるべき金額の10分の1に削減したままとする原案 では、失業時の十分な生活保障には足りなくなる可能性がある。労働保険特別会計の備えとして国庫負担を本則に戻す ことや、休業の場合の所得補償の施策を集中審議すべきだろう。いや、しなければならない。
一連の政策の狙いは?
高齢者雇用安定法案は単体で見ると、怖さが分かりにくい。年金の給付水準の引き下げ(マクロ経済スライド)、支給開始年齢の引き上げなど、「全世代型社会保障改革」と銘打って進められている一連の政策全体について、私たちは、その狙いを見抜く必要がある。
一つは他の先進国に比べて低すぎる日本の賃金・労働条件を改善せずに、人手不足の解消を目指す労働市場政策である。高齢者を労働者もしくはフリーランスの労働力にし、コストをかけずに人手不足の解消を図ると同時に、現役世代、青年・女性、外国人労働者との競争を高め、賃金相場を抑制することがもくろまれている。その際、転職や自己啓発、職業仲介のプラットフォーム・ビジネスを活発化させ、安倍政権と蜜月の関係にある人材ビジネスの儲け口を拡大することも狙われている。
もう一つの狙いは、公的年金の投機的利用の促進である。安倍政権はアベノミクスの「見せかけの成功」演出のため、14年から年金積立金運用における株式比率を従来の倍の50%に高め、株価をつり上げている。時には運用で損失も出しており、会計検査院は、年金積立金管理運用独立行政法人のリスクの高い運用に警鐘を鳴らしている。しかし、安倍政権は、150兆円に膨らんだ年金資金をさらに増やすため、年金保険料を負担する対象者を広げつつ、高齢者就業促進で給付を減らし、投機の資金を増やそうとしているのである。
現役世代の負担軽減などと趣旨説明をして、高齢者との分断を図っているが、実際には労働者全体に不利益を押しつけ、大企業や富裕層、投資家を優遇するための制度改悪と見るべきである。
健康で意欲ある高齢者が働き、起業することは歓迎すべきであり、就業環境の整備は必要である。しかし、健康問題や老々介護を抱え、働けない人からまともな水準の年金受給権を遠ざけ、就業か貧困かの選択を迫るのは人権侵害である。同時にこの政策はワーキングプアを増やし、デフレ不況を長引かせる。
今回の法案の問題点は、まだ、あまり知られていないようだが、拙稿を読まれた方々には、周知と問題点の喚起をお願いしたい。国会と政府に向けては、法案の欠陥を指摘し、修正を求めながら、本来あるべき政策を突き付けていく必要がある。高齢になれば、家計や資産、家族関係の違いに加え健康格差も広がる。本当の意味で、働く者個人の事情に応じて、年金と雇用・就業を選択可能なものとするためには、公的年金を信頼に足る制度にすると同時に、年齢・性別の格差なく良好な労働条件で働く権利を保障しなければならない。
著者情報
全労連常任幹事、雇用・労働法制局長
伊藤圭一
いとう けいいち
1997年より全労連事務局へ。2002年より全労連常任幹事。最低賃金、労働法制などの政策課題を担当。1999年日産リストラ対策現地闘争本部員、2007年反貧困ネットワーク設立メンバー、2009年年越し派遣村実行委員。共著に『最低賃金で1か月暮らしてみました。』(亜紀書房、2009年)、『デフレ不況脱却の賃金政策』(労働運動総合研究所編、新日本出版社、2012年)など。