「日本版DBS」導入から考える 子どもの性被害を防ぐために必要なこと
寺町東子(弁護士)
(構成・文/仲藤里美)
「日本版DBS」といわれる制度が導入されようとしています(2026年度をめどに施行予定)。DBSとは、Disclosure and Barring Service「前歴開示・前歴者就業制限機構」のこと。イギリスから始まった公的な犯罪証明管理および発行システムを指しています。日本でも性犯罪に対して始まろうとしているこの制度について、法律成立の国会審議で参考人も務めた寺町東子弁護士に解説していただきました。

寺町東子弁護士
「日本版DBS」とは何か
2024年6月、子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないかを確認する制度、いわゆる「日本版DBS」を導入するための「こども性暴力防止法」が国会で成立しました。
この法律自体は、正式名称を「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」といって、教育や保育の現場での性暴力被害を防ぐために、学校や保育園などが取るべきさまざまな方策が定められています。
たとえば、性暴力防止のための研修を実施しなくてはならない、性暴力が起こった場合にその事実を早急に把握できるようにするための措置を取らなくてはいけない、子どもが被害に遭ったときに相談できる窓口をつくらなくてはならない、などです。DBSの導入もそうした方策の一つであり、4条にある、就労希望者および現職者には 「特定性犯罪事実該当者であるか否かの確認を行わなければならない」という項目がそれに当たります。イギリスで取り入れられている仕組みをモデルにしていることから、「日本版DBS」と呼ばれるようになりました。
この制度では、学校や保育園などの事業者は、雇おうとしている人が「特定性犯罪事実該当者」ではないかどうか、つまり特定の性犯罪歴がないかどうかを確認することが義務づけられます。性犯罪歴があることが分かった場合は雇用しない、またはすでに雇用している場合は配置転換をするなどして、子どもに近づくことができないようにしなくてはなりません。
こうした仕組みの根拠は、性犯罪者の再犯防止において一定の効果が認められている「認知行動療法」に基づく再犯防止プログラムにあります。再犯を防ぐためには、犯罪に至ってしまうトリガー(引き金)を特定し、そのトリガーを避けていくことが重要だとされています。そして、子どもへの性犯罪においては、「正当な目的で子どもに接する機会がある」ということ自体が、多くの加害者にとってのトリガーになるとして、そのトリガーを避けるために、「正当な業務として子どもに接する」ことができないようにしようとするわけです。
もちろん、これは子どもへの性犯罪防止のための施策のほんの一部でしかありませんし、よく指摘されるように、初犯のケースを防ぐこともできません。それでも、特に子どもに対する性犯罪については繰り返し加害を行う人が多いということがデータとして明らかになっていますし、それを防ぐという観点から、DBSの導入自体には意味があるというのが私の考えです。
すでに刑罰を受けた人に対して今度は職業に制限を加えるというので、憲法で禁じられている「二重処罰」に当たるのではないかという人もいますが、むしろこれは再犯防止としての意味合いが強い。一度罪を犯してしまった人が同じ過ちを繰り返さず、社会の中で孤立せずに生きていくためのサポートとして考えるべきだと思います。
ですから、制度の導入そのものには、私は賛成の立場を取ってきました。ただ同時に、今回の法律で導入された制度の建て付けには、かなり大きな問題があるとも考えています。
「個人情報を事業者に渡さない」仕組みへの転換を
まず最大の問題は、事業者側が雇おうとする人の性犯罪歴を確認するための仕組みが、こども家庭庁に申請して「犯罪事実確認書」の交付を受けるという形になっていることです。つまり、「犯歴」という非常に重要な個人情報が国家機関の外に出て、事業者の手に渡ることになるのです。
現状、DBS制度の導入を義務づけられている事業者は、学校や認可保育所、児童養護施設など、非常に限られています。一方、学童クラブや学習塾、スイミングスクールなどは「任意の認定」、つまり希望すれば国の認定を受けて導入ができるということになっています。ただしその認定を受けるためには、個人情報を管理するための仕組みづくりを含めた、一定の条件を満たす必要がある。そうなると、事業者の負担が非常に大きくなります。
大手の学習塾などは「うちはDBSを導入しているから安心ですよ」という保護者向けのアピールにもなるからか、すでに導入を表明しているところもあります。しかし、小規模な事業者はそこまでの余裕がなく、認定を希望しないところが多くなる可能性が高いのではないでしょうか。そうすると、性犯罪歴のある人は、大手では犯歴照会をされて仕事に就けないからと、そうした小規模事業者への就職や、個人で仕事を探せる ベビーシッターのマッチングアプリへの登録を選ぶようになるでしょう。
もともと、日本でDBS導入への議論が高まったのは、認可外の小規模保育施設やベビーシッターのマッチングアプリで、性犯罪歴のある人による性加害事件が相次いだことが一つのきっかけでした。ところが現状の制度では、これらのケースは防げない可能性が高い。他方で大手事業者はこの制度を宣伝に使って利益を得ることができるという形になってしまっているわけです。
さらに言えば、反社会的勢力が制度を悪用し、学習塾などを装って認定を受けて、手に入れた犯歴をたてに人を脅す、などということも起こり得ます。本来再犯防止のためには、一度罪を犯してしまった人でも、償った後はきちんと仕事に就いて、安心して生活を送れるようにすることが重要なはずですが、それすら妨げられてしまうかもしれません。
私は、犯歴を事業者に渡すのではなく、子どもに関わる仕事に就く人は全員、国の機関──たとえばこども家庭庁への登録を義務づけるという方式にすべきだと考えています。こども家庭庁は登録申請を受けたら、その都度法務省に問い合わせをし、もしその申請者に性犯罪歴があれば「登録を拒絶します」とだけ回答する。そして登録ができなかった人は、子どもに関わる仕事に就くことはできない──という仕組みです。
こうした形であれば、犯歴という高度の個人情報が国家機関の外に出ることはありませんから、事業者に個人情報管理の負担を負わせる必要もなくなる。そうすれば、小規模事業者や個人事業主にも制度の導入を促すことが可能になり、実効性が格段に高まるのではないかと思います。
実は、この「こども性暴力防止法」には、成立時になんと19もの「付帯決議」が付けられたのですが、その11項にも〈イギリスで採用されている第三者機関「Ofsted」による確認の仕組みも参考にして、学校設置者等及び認定事業者への犯罪事実確認書の交付が不要となる仕組みを検討すること〉とあります。ここで挙げられている「Ofsted」も、イギリスで子どもに関わる仕事をする人全員が、所属団体を介して又は個人で登録を義務づけられている機関です。もちろん、まったく同じ仕組みをとる必要はありませんが、一つの例として参考になるのではないでしょうか。

実効性を高めるために、改善していくべき点は?
その他、現行法における制度について、改善が必要だと感じている点をいくつか挙げておきます。
まずは、先にも触れたように、制度の対象になっている事業の範囲が非常に狭いという問題があります。「個人情報を外に出さない」仕組みにすることで、小規模事業者などに制度の導入を促すべきだということはすでに述べましたが、実は法律の名前にもある「民間教育事業」そのものにも、「技芸又は知識を習得するための標準的な修業期間が六月以上」という条件があります。
つまり、子どもが6カ月以上そこに通うわけではないサマーキャンプや塾の夏期講習などは、そもそも「民間教育事業」に当てはまらず、制度の対象外なのです。しかし、そうした短期の事業でも性犯罪の危険性はあります。付帯決議の3項にもこの6カ月という期間の短縮について「検討すること」と書かれています。早急に検討を進めるべきだと思います。
著者情報
弁護士
寺町東子
てらまち とうこ
1968年生まれ。弁護士・社会福祉士・保育士。子どもの権利の実現と性暴力の根絶に取り組む。共著に『保育・教育施設における事故予防の実践:事故データベースを活かした環境改善』(中央法規出版)など。性被害当事者団体「一般社団法人Spring」の理事も務める。