勢いづくロシアのエネルギー戦略
木村汎(北海道大学名誉教授)
ロシアのプーチン大統領は、2008年5月で任期を終えるが、その後も政治的影響力を保ちつづけることは間違いない。国際的な原油高による石油収入の激増で、好況に沸くロシアのエネルギー戦略は、プーチン路線を発展させていけるのか。
豊富な資源を国家が管理する
プーチン政権のエネルギー戦略は、若き日のプーチンが1997年ころに執筆し、サンクトペテルブルク鉱山大学から博士号(カンディダート)を取得した論文のなかに、その芽が表れている。この論文は、以下の3点をとりわけ強調している。
第1は、ロシアが世界で最も豊かな鉱物・原料資源の保有国であること。原油の埋蔵量や生産量に関しては、サウジアラビアに次いで世界第2位。天然ガスに関しては、世界第1位。石炭第3位、金(きん)第3位、等々。総合して、ロシアはまぎれもなく世界第1位の有資源国といえる。
第2は、ロシアの豊かなエネルギー資源を国家の管理下に置かねばならないこと。この必要性の認識にもとづき、プーチン政権は、エリツィン前政権下で一度民営化されていたエネルギー産業を、再国有化する政策を実施してきている。その典型例は、ロシア最大の民間石油会社大手であるユコス社(ミハイル・ホドルコフスキー社長)の解体、再国有化(2003~04年)。07年には、もう一つの民間石油会社ルスネフチ(ミハイル・グツェリエフ社長)も、まず国家に近い企業によって買収され、その後おそらくユコス社を吸収した国営会社ロスネフチに転売されるであろう。天然ガス部門では、ガス工業省を解体して形成されたはずのガスプロム社が再び国営会社に変わった。石油やガスを運搬するパイプライン、それを用いてのエネルギー輸送も、国営のトランスネフチ社によって、独占的に運営されている。
外国資本の締め出し
エネルギー企業の再国有化と並んで、プーチン政権が実施しているのは、エネルギー分野からの外国資本の事実上の締め出し。エリツィン前政権時代のロシアは、自国に眠る天然資源を自力で開発する能力を欠いていた。そのために、外国企業、とくにメジャー(国際石油資本)との間で、「生産分与協定(PSA Production Sharing Agreement)」を結んだ。PSAは、外国企業がすべての先行投資を取り戻したあとで、初めてロシアと生産物を分配することを認める経営方式。国際的な原油価格の高騰などによって経済力をつけたプーチン政権は、PSAをロシアにとって屈辱的かつ不利な方法とみなし、事実上修正を求める政策に転じた。
このようにして「サハリン2」、「サハリン1」、「コビクタ天然ガス」らのプロジェクトから、イギリス・オランダ系メジャーのロイヤル・ダッチ・シェル、アメリカ系のエクソンモービル、イギリス系のBP(ブリティッシュ・ペトロリアム)が、事実上、ロシアのエネルギー市場から締め出されかけている。これをもって、プーチン政権の「資源ナショナリズム」と呼ぶ人々もいる。
このような再国有化や外資締め出しによって、強力な国営の独占企業体となった、ロシアのエネルギー関連の巨大企業のトップの座に、プーチン大統領は、自らの腹心を据えている。たとえば、ガスプロム会長はドミトリー・メドベージェフ第1副首相、同社長はアレクセイ・ミレル。ユコス社を事実上、吸収したロスネフチの会長は、イーゴリ・セーチン大統領府副長官。トランスネフチの子会社のトランスネフチプロダクツの会長は、ウラジスラフ・スルコフ大統領府副長官。いずれも、プーチン大統領の側近を固めるサンクトペテルブルク閥の中心的人物である。メドベージェフは08年5月には大統領に就任する。
資源を政治・外交手段として利用する
プーチンのエネルギー戦略の第3の特徴は、ロシアの豊かな資源を政治・外交目標を達成する道具として用いること。プーチン政権は、たとえば06年元旦にウクライナに対する天然ガスの供給を一時停止した。その表向きの理由は、ウクライナがいつまでもロシアから安いガスの提供を求め、ガスの国際価格の支払いに応じようとしないから、というものだった。しかし、その背後には「オレンジ革命」以来ロシア離れをとげ、西欧への接近傾向を顕著にしつつあるウクライナのユーシェンコ政権を、政治的に処罰しようとする政治的動機も含まれていた。というのも、ロシアが独立国家共同体(CIS)の加盟諸国のそれぞれに設定している天然ガス価格は、種々様々で必ずしも一律ではないからである。外交的手段としてエネルギーを利用することに抗議し、ロシアに「エネルギー憲章」批准を求める欧米諸国に対して、プーチン政権は「欧米が不満ならばアジアへ向かう」といわんばかりに、石油やガスの売り先を中国、インドなどへ転じる可能性も示唆(しさ)する。
プーチン流エネルギー戦略の限界
以上のような特色をもつプーチンのエネルギー戦略にも2、3の弱点がある。
第1は、欧米諸国や日本からの協力を必要としていること。たとえば、ロシアには液化天然ガス(LNG)化の技術的能力も経験もない。したがって、「サハリン2」プロジェクトから、シェルや日本企業を完全に締め出すわけにはいかない。
第2は、西シベリアの原油生産がピークを越えるのは、時間の問題であること。東シベリアの原油は事業可能性調査(フィジビリティー・スタディーズ)の結果、仮に十分な埋蔵量があることが確認されたとしても、地質、気候、その他の自然条件からみて、掘削し、運搬して、はたして採算が取れるのか、疑問である。諸外国の協力も不可欠である。
第3は、パイプライン・ルートの問題。欧米諸国は、たとえばカスピ海の原油やガスを、ロシアやイランを経由することなくヨーロッパへ運び出すルートを開発中である。カザフスタンやトルクメニスタンも、放っておけば、ロシア経由でなく、直接、中国やヨーロッパへエネルギーを売却することを欲している。
第4は、ロシアがエネルギーに過度に依存していると、「オランダ病」にかかる危険があること。国民もエリートも労せずして収入が得られる安易な道を選び、経済改革を怠りがちとなる。プーチン大統領はじめ一部の閣僚たちは、産業の多角化を唱え、とりわけ製造業、IT産業、省エネ産業への経済構造の転換の必要を訴えはじめている。しかし、これらの産業の伝統のないロシアが、この掛け声を容易に実践に移せるとは予想しえない。
以上、すべての問題点が指し示しているのは、一つの結論である。すなわち、ロシアはこれ以上自己流のエネルギー戦略を続けていくことはできない、ということ。諸外国、とくに日本を含む西欧諸国との協調・協力を真剣に模索する時期に差しかかっている。
著者情報
北海道大学名誉教授
木村汎
きむら ひろし
1936年生まれ。京都大学法学部卒。アメリカ・コロンビア大学Ph.D.(哲学博士)。国際日本文化研究センター名誉教授、拓殖大学客員教授。北海道大学スラブ研究センター、国際日本文化研究センター、拓殖大学海外事情研究所教授などを経て現職。『プーチン主義とは何か』(2000年、角川oneテーマ21)、『遠い隣国―ロシアと日本』(2002年、世界思想社、「アジア・太平洋賞」大賞)、『新版 日露国境交渉史』(2005年、角川選書)、『プーチンのエネルギー戦略』(2008年、北星堂書店)、『現代ロシア国家論』(2009年、中公叢書)、『現代ロシアを見る眼』(共著、2010年、NHKブックス)など多数の著書がある。イミダス「ロシア・CIS諸国」執筆者。