ロシア新大統領はリーダーシップをとれるか
木村汎(北海道大学名誉教授)
2008年5月、2期8年の任期を終えたプーチン大統領から、ロシア史上最年少のメドベージェフ大統領へと、ロシアの国家元首が交代する。強権的な手法をとりながらも、「経済的発展と社会の安定をもたらした指導者」と、ロシア国民に支持されたプーチン。そのようなプーチンが、メドベージェフとともに目指そうとする新体制とは?
メドベージェフの圧勝
4年に1度のロシア大統領選挙が、2008年3月2日に行われた。2期8年を務めたウラジーミル・プーチン大統領(55)は、ロシア憲法を順守して、3期目の任期にあえて挑戦しなかった。その代わりに、同大統領によって後継者に指名されたドミトリー・メドベージェフ第1副首相(42)が立候補し、70.28%の票を獲得して、当選した。前回04年のプーチン大統領再選時の71.31%には届かなかったものの、他の3候補を大きく引き離しての圧勝だった。
他の3候補とは、ロシア共産党のジュガーノフ委員長(17.72%)、ロシア自由民主党のウラジーミル・ジリノフスキー党首(9.35%)、ロシア民主党のアンドレイ・ボグダーノフ党首(1.30%)だった。投票率は69.81%で、過去2回の大統領選のそれを上回った。
メドベージェフは、エリツィン、プーチンに次ぐロシア連邦第3代目の大統領となる。就任式は5月7日。任期は4年。憲法によれば、連続2期まで可能。ロシアで最年少の国家元首となる。プーチンが首相となり、「双頭(二頭)体制(タンデム体制)」となる。
プーチン政権の継承
メドベージェフ+プーチンの双頭体制となっても、プーチン前政権の内外政策が続行されると予想される。
まず、メドベージェフが大統領に選ばれた理由と経緯からして、そうである。多くのロシア国民は、プーチン大統領下の2期8年間で、(1)ロシア経済の好調、(2)国内政治・社会の安定と秩序の回復、(3)国際舞台でのグローバル・パワーとしてのロシアの外交的復権――これら3つが達成されたことに心理的満足感を抱き、現状維持を望む。プーチンの側近たちも、現在彼らが享受している特権の維持を欲する。プーチン大統領も、おのれが敷いた政策路線の継続を希求する。
したがって、国際原油価格の急落など、よほどの意図しない国際、国内状況が発生しないかぎり、新政権は現在の政策路線を大きく変更しないだろう。実際、メドベージェフは、大統領選挙キャンペーンのなかで、彼の政策がプーチン大統領のそれの継続であることを力説した。プーチンも、己の政策がメドベージェフによって「革命的に変化することはないだろう」と予言した。
「シロビキ」ではないが「リベラル」でもない
プーチン政権の側近たちは、二大別される。(1)は、「シロビキ」。シロビキは、旧KGB(国家保安委員会)、軍部、検察庁、内務省ら「力の省庁」に勤める人々を指す。武闘派と訳される。(2)は、主としてサンクトペテルブルク市役所でプーチンと共に働いた経験のある法律家やエコノミストたち。彼らは「シビリキ」(市民派)とあだ名される。
08年5月7日にロシア連邦第3代目の大統領に就任予定のメドベージェフは、「シロビキ」でなく、「シビリキ」である。しかし誤解されてならないのは、彼が必ずしも「リベラル」な思想の持ち主ではないことである。
メドベージェフは、ロシアの独占企業体「ガスプロム」会長として、プーチン政権による強引なエネルギー政策を実施してきた中心人物である。ウクライナへの天然ガス供給の一時停止、「サハリン2」からの外資企業の事実上の締め出し、等々。また、ロシアにおける「色つき革命」の勃発可能性に備える論文を執筆したことでも、有名。プーチン政権の内外政策に異を唱えないばかりか、むしろその遂行を熱心に担ってきた。彼は一見ソフトにみえ、欧米のロック・ミュージックのファンではあるが、決して欧米流のリベラルとはみなされえない。
双頭体制の今後
「メドベージェフ+プーチン」体制は、ロシア/ソビエト史に例のない指導体制である。
まず、ロシア史はほとんど常にワンマン指導体制の歴史であり、集団指導制を成功させた例(ためし)がない。
次に、08年5月から発足するタンデム(二頭立ての馬車)体制は、法律上と実際上の権限が乖離(かいり)している。法律上は、メドベージェフ大統領が上位に立ち、プーチン首相が下位に立つ。しかし実際上は、その逆である。年齢、影響力、名声、これまでの実績など、どの点からいっても、プーチン首相のほうがメドベージェフ大統領よりも上位を占める。そのために、メドベージェフがプーチンの指導に従順に服するかぎり、タンデム体制はスムーズに進行するであろう。
しかし、二頭立ての馬車はよほど注意して巧みに操作しないかぎり、その運転がむずかしい。指導系統が二分裂して、部下が途方に暮れ、迅速な命令執行に支障をきたす。国際社会は、メドベージェフ大統領のほうを最終的な外交指揮権を持つ者と処遇して、事実上の権力者プーチンの矜持(きょうじ)を傷つけるケースも発生するだろう。
対日政策と日本の対応
もし「メドベージェフ+プーチン」新チームが、プーチン前政権の内外路線の継続を目的として結成された体制だとするならば、残念ながらしばらくの間は、日本にとってチャンスは生まれないであろう。日ロ関係の発展を阻害する要因の最大のものは、北方領土論争である。この問題に対するプーチン大統領の態度は極めて厳しい。2島の返還だけで同問題にけりをつけ、平和条約を締結しようという戦略で日本に臨んできている。ロシアの新指導体制下でも、安保・外交を事実上担当するのは、プーチンであろう。となると対日政策が大きく転換される可能性は少ない。
もし日本側に何らかのチャンスが生まれるとするならば、それは、09~10年以降であろう。新指導体制への移行、アメリカ、ヨーロッパ、中国など主要国に対する外交が一段落した後になって以降である。それは、おそらくロシア国内に様々な問題が噴出するころであろう。エネルギー産出量の停滞、インフラストラクチャーの疲弊、インフレーションの高進、貧富の差の拡大、汚職の横行……等々。そのような折にはロシア産業構造の多角化、省エネ技術の習得、新幹線技術の移転などを求めて、ロシアは日本へ接近する必要に迫られるであろう。
著者情報
北海道大学名誉教授
木村汎
きむら ひろし
1936年生まれ。京都大学法学部卒。アメリカ・コロンビア大学Ph.D.(哲学博士)。国際日本文化研究センター名誉教授、拓殖大学客員教授。北海道大学スラブ研究センター、国際日本文化研究センター、拓殖大学海外事情研究所教授などを経て現職。『プーチン主義とは何か』(2000年、角川oneテーマ21)、『遠い隣国―ロシアと日本』(2002年、世界思想社、「アジア・太平洋賞」大賞)、『新版 日露国境交渉史』(2005年、角川選書)、『プーチンのエネルギー戦略』(2008年、北星堂書店)、『現代ロシア国家論』(2009年、中公叢書)、『現代ロシアを見る眼』(共著、2010年、NHKブックス)など多数の著書がある。イミダス「ロシア・CIS諸国」執筆者。