アップデートされた紛争~ナゴルノ・カラバフ紛争再燃
立花優(北海道大学高等教育推進機構高等教育研修センター特定専門職員)
これに対し、当事者の一方への支持が鮮明なのがトルコである。トルコは「1つの民族2つの国家」という言葉があるほどにアゼルバイジャンと強い精神的歴史的つながりを持っている。1918年のアゼルバイジャン民主共和国成立、1919年の首都バクー解放はオスマン帝国軍の影響と支援によるものであった。またソ連体制下での国境画定において、カラバフ地方と並んでアゼルバイジャンとアルメニアの係争地であったナヒチェヴァン地方がアゼルバイジャン領の自治共和国となったのは、ムスタファ・ケマル(アタテュルク〈父なるトルコ人〉の称号で知られる、後のトルコ共和国初代大統領)率いるトルコの大国民議会政府とソヴィエト・ロシアとの間で締結された1921年のモスクワ条約に基づくものであった。トルコは1994年までの紛争でも一貫してアゼルバイジャンを支持し、2010年には軍事面も含む戦略的パートナーシップ協定を締結している。今回の軍事衝突の少し前となる7月末から8月初めには、合同で軍事演習を実施していた。対照的に、トルコとアルメニアの関係はオスマン帝国時代のアルメニア人虐殺が深い影を落としており、現在に至るまで国家間の外交関係が樹立されていない。
もう一つの周辺大国として忘れてはいけないのが、イランである。イスラム教シーア派が多数を占めるという点でアゼルバイジャンと共通項を持つイランであるが、同国の北西部にはアゼルバイジャン人がイラン最大のマイノリティとして存在していることが両国の間での懸案事項となってきた。ソ連崩壊前後、アゼルバイジャンでは「南北アゼルバイジャン統一」を掲げる民族主義勢力が伸長したことからイランがこれを警戒し、ナゴルノ・カラバフ紛争ではイランはアルメニアへの支援を行った。トルコとアゼルバイジャンに経済封鎖されたアルメニアは、イランからの支援で命脈を保ったのである。アゼルバイジャン側にとっても、国内のシーア派コミュニティに影響力を行使し得るイランの存在は警戒の対象となってきた。
カラバフ地方をめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの対立をさらに複雑なものにしているのが、中東問題とのリンクである。「敵の敵は味方」とばかり、中東での対イラン強硬路線からアゼルバイジャンに注目したのが、イスラエルである。アゼルバイジャンに対し近年、軍事ドローンなどの先端兵器を供与するほか、アゼルバイジャンの欧米における外交攻勢にユダヤ・ロビーの協力が取りざたされた。また、対イラン空爆を行使する際の中継基地候補として、アゼルバイジャンの名が度々挙がってきた。アゼルバイジャンの国民感情としては同じムスリムであるパレスチナへの連帯を表明する向きも強いが、政府間レベルではイスラエルと極めて親密な関係を構築している。
停戦から四半世紀、なぜ「今」紛争が再燃したのか?
このように複雑に諸事情が絡み合う対立関係がある中、なぜ「今」、カラバフ地方をめぐる軍事衝突が大規模に展開されたのか。
当事国の事情を見てみれば、まずアルメニア側、そして「アゼルバイジャンからの分離独立を主張するカラバフ地方のアルメニア人勢力」側としては、1994年の停戦までに勝ち取った現状を維持することは事実上の勝利であり、これ以上の攻勢も大きな譲歩をして和平を結ぶ必要性も希薄である。
一方のアゼルバイジャン側にとっては、現状維持は敗北・領土喪失の固定化を意味する。すでに1994年の停戦から25年以上経過する中で、現実的な施策として国内避難民には再定住支援を実施しているが、展望の見えない和平交渉とそれを仲介する国際社会への失望は色濃いものとなっている。
そんな中、今回の衝突が起きた直接的な契機については不明であるが、ここに至る大きな転機として2つの点が指摘できよう。
1つは、2016年4月に同じカラバフ地方で起きた軍事衝突である。それまでも散発的な銃撃戦や小規模な衝突は発生していたが、この時の衝突は両当事者間で4日間激しい戦闘が繰り広げられた。この結果アゼルバイジャン、アルメニア両国で強硬姿勢が強まり、特にアゼルバイジャン側はいくつかの地点を奪還したことで自信を深めたと言われる。2020年7月にはカラバフ地方以外のアルメニア・アゼルバイジャン国境で小競り合いが発生し、緊張は高まっていた。
もう1つは、アルメニアで2018年春に起きた「ビロード」革命である。20年にわたり政権を維持し、大統領制から議院内閣制への移行によって更なる延命を図った共和党政権が、野党政治家のニコル・パシニャン率いる市民の大規模抗議行動で倒れ、パシニャン新政権が誕生した。パシニャン政権が旧体制の一掃を図ったことで、ロシアとの関係においてある種のディスコミュニケーションが発生したと指摘する声もある。それだけでなく、旧共和党政権と緊密であったカラバフ地方のアルメニア人勢力指導部との間にも不協和音が生じた。こうした事態の展開を、アゼルバイジャン側が領土一体性を回復し捲土重来を期す好機ととらえた可能性はある。
おわりに 旧ソ連地域にくすぶる紛争の火種
長い時を経て21世紀に再び注目を集めることになったナゴルノ・カラバフ紛争だが、旧ソ連地域ではほかにも分離派による国内紛争を抱える国がいくつも存在している。アゼルバイジャンの北西に位置するジョージア(グルジア)には、アブハジアと南オセチアの紛争が未解決で残されている。2008年には、当時のサーカシヴィリ政権による南オセチアへの示威行為を発端に武力衝突が発生、停戦維持にあたるロシア軍の本格介入を招く事件があった(ロシア・ジョージア紛争)。
さらに西へと目を向けると黒海西岸にあるモルドヴァでは、国内を縦断するドニエストル川左岸のロシア系住民が分離独立を主張して沿ドニエストル共和国を名乗っている。この地域もロシアが後援することで状況が固定化されて現在に至っている。この沿ドニエストルの東隣、黒海北岸のウクライナでは、2014年のユーロマイダン(エブロマイダンとも)革命後に東部のドンバス地方の2つの州で親ロシア的な分離主義勢力が分離独立を主張し、大規模な内戦に発展した。
カラバフ地方における今回の大規模軍事衝突は、こうした未解決の地域紛争における「現状維持」が脆く、かりそめのものでしかないことを改めて突き付けた。この衝突が直ちに他地域に飛び火することは考えにくい。しかし一度崩れたバランスは容易には再建できない。ロシアの仲介で合意された「人道的休戦」は既に2度にわたって直ちに破られており、今回の軍事衝突が早期に終結する見通しは暗いと言わざるを得ない。アゼルバイジャンはこの機に積年の宿願である失地回復を果たそうとするだろう。追い詰められたアルメニアは「アルツァフ」の国家承認というステップを踏む可能性がある。その時、周辺国もまた新たな決断を迫られることになるだろう。
著者情報
北海道大学高等教育推進機構高等教育研修センター特定専門職員
立花優
たちばな ゆう
1979年生まれ。2012年、北海道大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。13年、博士号(学術)取得。北海学園大学非常勤講師を経て16年より現職。著書に、『中東・イスラーム諸国民主化ハンドブック』(共著、明石書店、11年)がある。