フクシマ 、分断される人々の心
荒木田岳(福島大学行政政策学類准教授)
また、自分の子どもを避難させている身の、せめてもの罪滅ぼしでもあった。しかし、こうした除染活動に対し、「市民の不安をあおるから無用」との声が聞かれた。
ところが、放射性物質による汚染が誰の目にも明らかになった頃から、今度は「除染すれば住める」というキャンペーンが始まった。太宰治が、第二次世界大戦後、人々が一転して「民主化」に向けて起こした総雪崩現象に接して、「あほらしい感じ」と記した実感がわかるような気がした。隠せるときには隠し、隠しきれなくなったときには「取り除けば大丈夫」という。一貫性の欠如を指摘されれば「除染は不要だが、住民の心配を取り除くためにやっている」と説明するのだから。
結局、さまざまな理由をつけながら、一方的に線引きされた避難区域の外側の住民は、原発事故から3年もの間、現地に留め置かれている。そこでは、工場生産は事故前の状態に戻らず、農業の再建見通しも立たないままで、そのことが現地の自己責任として放置されている。安全性が不確実な中で農業をさせられ、産品が売れ残れば、消費者の無理解のせいにされる。こうして、福島抜きの「復興」論が語られ、現地の人々は放射線に対する不安と、先の見えない生活に苦しみながら暮らしている。そこでの生活は、疑心暗鬼によって殺伐とし、議論するのにも疲れ果て黙り込んでしまっているのが実情だ。
こうした事態を作り出しているのは、一方的な避難区域の線引きと、それに基づく区域外の汚染地域での被曝強要にほかならない。真っ先にしなければいけないのは“脱被曝”なのだ。だから、何度でも問いたい。
「あなたは被曝強要を支持しますか、それともそれに反対しますか?」
著者情報
福島大学行政政策学類准教授
荒木田岳
あらきだ たける
1969年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了後、一橋大学社会学部助手を経て、2000年4月より現職。専門は、地方制度史、地方行政論。「原子力市民委員会」第1部会メンバー。