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社会問題

妊娠・出産は会社の迷惑なのか?

少子化対策を阻むマタハラの実態

小酒部さやか(株式会社natural rights代表取締役/マタハラNet創設者)

(構成・文/牛島美笛)

 妊娠や出産を理由に解雇や降格などの不当な扱いを受ける「マタニティハラスメントマタハラ)」。自身もマタハラ被害者であることからマタニティハラスメント対策ネットワーク(マタハラNet)を設立した小酒部さやかさんは、その活動を認められ、2015年3月にアメリカ国務省「世界の勇気ある女性賞International Women of Courage Awards)」を日本人として初めて受賞した。海外からも注目を集めるマタハラ問題。いまだ声を挙げることができずにいる女性も多いという被害の実態を聞いた。

2度の流産とマタハラ体験

 妊娠を理由に降格させられたとして広島県の理学療法士の女性が勤務先の病院を訴えていた裁判で、2014年10月、最高裁は一審二審を棄却し、本人の同意がない妊娠による降格は違法という判決を下しました。「マタハラ裁判」としてメディアでも大きく取り上げられたこの判決を受けて、厚生労働省も「いかなる理由があっても、妊娠出産の時期の退職・降格勧告は違法と見なす」との通達を全国の労働局に向けて出しました。これらにより「マタハラ」という言葉は広く知られるようになりましたが、問題解決に向けてはまだまだ課題が山積しています。
 私がマタハラ被害に遭ったのは、契約社員として働いていた会社でのことでした。激務の末に初めて妊娠した双子を流産。その後再び妊娠したものの、切迫流産で安静中の自宅にまで上司がやってきて退職を勧められました。人事部長にも「仕事に戻ってくるなら妊娠はあきらめろ」と言われ、2度目の流産を経験することになってしまうのです。
 産休・育休、時短勤務などの制度がありながら、それらを行使しようとすると「あなただけ特別扱いするわけにはいかない」。私を含む、マタハラ被害に遭った多くの女性たちが会社から言われた言葉です。悲しいことに「こんなことならば妊娠しなければ良かった」という声もよく聞かれます。
 契約社員や派遣社員であっても、一定条件を満たせば、正社員と同じように産休・育休を取得できるのですが、その制度を女性側も理解していないのが現状です。特に非正規雇用の女性は権利意識が低く、会社側から「そのような制度はない」と言われてしまえば、そういうものかと思ってしまう。
 今でこそ「マタハラ」という言葉は広く知られるようになりましたが、わずか1年前まではネットで「マタハラ 実例」などの言葉で検索してもほとんど情報を得られず、はたして自分がマタハラに遭っているのかどうかすらわからない状況でした。その頃、相談に乗ってもらっていた弁護士を通じて、私と同じようにマタハラ被害に苦しむ女性たちに出会い、情報共有やサポート体制の必要性を感じ、立ち上げたのが「マタハラNet」です。

退職勧告だけでなく、産ませない空気もマタハラ

 マタハラNetに寄せられる相談のうち約半分は過去のマタハラ被害に対することで、多くの人が被害からかなり時間が経っても傷が癒えずに苦しんでいます。中には、会社に中絶を強要されたという人や、度重なるハラスメントによりうつ病を患ってしまったという人もいます。
 現在進行形でマタハラを受けているという人たちからは、「これってマタハラですか?」とよく聞かれます。私のときもそうでしたが、会社側は妊娠・出産ではなく、能力が低いことなどを理由に解雇・降格させようとします。人格を否定するような言葉を受け続けることも多く、被害者たちは「私が間違っているのかも」と思わせられてしまうのです。
 マタハラといってもかなり幅広く、不当な解雇や降格などの直接的な違法行為の場合は「ブラックマタハラ」。一方で、明らかな違法行為ではないけれど、妊娠出産した人を傷つける言動も少なくなくありません。たとえば「休めていいよね」と言ったり、重要な情報共有をしなかったり、仕事外しや重要な会議のメンバーから外したりといったことです。そのような言動を「グレーマタハラ」と呼んでいます。
 さらに、子どもが1人いるけれど、2人目、3人目なんてとても産めないという話もよく聞きます。そんなことをしたら、もう仕事ができないと言うのです。そのような「産ませないような空気」もマタハラだと思っています。
 マタハラは感染力の高い伝染病でもあるので、1人の女性にマタハラをすれば、その会社の全女性にも影響を与えます。これから結婚出産を控えた女性たちがマタハラされる人を見て「この会社では子どもは産めない」と、妊娠前に辞めていくのですから。実際、日本では第一子の妊娠を機に6割の女性が退職しています。これでは日本で少子化が進むのも当然と言わざるをえません。

同僚女性も加害者になる

 14年12月年にマタハラNetが実施した「マタニティハラスメント実態調査」で、加害者としてもっとも多かったのは直属の上司でしたが、同僚においては男性が5.2%、女性が10.3%と、女性のほうが多かったことも見過ごせません。子育てしながら働く女性たちからも、「私はがんばったのだから、あなただってやりなさいよ」と言われてしまいます。
 調査では、人事部門からのマタハラも13%ありました。本来人事制度を守らせるべき人事部門にコンプライアンス遵守の意識がないのだとすれば、それは会社組織ぐるみだと言えます。そうなると、被害女性は声を挙げることも許されません。
 マタハラ被害に会社規模は関係ないという結果もあり、被害事例のうち19%が上場企業によるものでした。実際、就職活動を終えたばかりの女子学生から、上場企業の内定式で挨拶に立った役員が、「女性の皆さん、こんなことを言うとセクハラかもしれないですけれど、妊娠しないでください」と言ったとの相談が寄せられたことがありました。結局、その学生さんはその会社の内定を辞退して、別の会社に就職することにしたそうですが、大企業でもそのような考え方がはびこっているということです。
 また、「マタハラは違法行為」としながら、そこに罰則がないところにも大きな問題があります。日本では裁判による解決金もとても低く、明らかに企業の違法性が認められているケースで、仕事を奪われ、うつ病になるなど生活まで壊されたとしても、支払われる金額は、決して十分とは言えません。企業名公表というペナルティーが行使されたこともありません。つまり、今の日本では司法ですら救ってくれるとは言えないのです。

働き方を変えるきっかけに

 マタハラに限らず、日本で働く女性たちはハラスメントを受け続けています。働く女性たちの多くは、20代でセクハラを我慢し続け、妊娠したらマタハラを受けて辞めさせられ、何年かして非正規社員として戻った職場でパワハラを受ける。
 今やハラスメントを受けるのは女性だけとは限りません。男性の育休取得などを妨げるパタニティハラスメントパタハラ)、家族の介護を抱えた人に対するケアハラと、深刻なハラスメントがすでに始まっているのです。
 これらのハラスメントの根底にあるのが「長時間労働」であると考えています。長時間働いて初めて一人前だと見なされる職場では、時短勤務の女性社員は半人前で職場のお荷物。産休・育休を取得して職場復帰することはできても、知らず知らずに出世コースから外されてしまう「マミートラック」という問題もあります。これも長時間働くことを前提としているから生じるのだといえます。そして、長時間労働の風潮があるから男性たちも帰宅できず、子どもを抱えた女性は早く帰らざるをえません。
 だからこそ、まずは長時間労働を見直すこと。同時に、サポートしてくれる人への評価制度も必要だと思います。結婚や出産を選択しない若い人たちも長期休暇を取れるような仕組みです。そうでないと、妊娠出産した人たちに対する「自分たちばかりにしわ寄せがくる」という不公平感はなくなりません。
 私は今回「勇気ある女性賞」をいただきましたが、本来この賞は途上国の女性たちが受賞するもので、先進国の女性が受賞すること自体が珍しいことだそうです。それでも、アメリカ国務省やアメリカ大使館、アメリカのメディアの方たちがマタハラは重要な人権侵害であり、経済問題でもあると認め、日本における女性・人権問題を解決しなければいけないと応援してくれたお陰で、この受賞となりました。欧米の社会から見て、日本の女性たちの置かれた職場環境がそれほど立ち遅れているということでしょう。
 しかし、これからもっとも勇気を出さなければいけないのは企業です。年功序列で長時間労働という、全員が同じやり方をしてきた職場環境を変える勇気を持ってほしい。高度成長期から続くやり方から脱却し、ダイバーシティ(多様性)を取り入れることはこれからの企業における重要な経営戦略となるはずです。
 マタハラNetの活動は、女性たちのバトンリレーです。前の世代の女性たちが男性並みに働いて、渡してくれたバトンがあるからこそ、今こうして私たちが社会に出られるようになりました。その女性たちに感謝し、私たちの手にバトンがあるうちに、妊娠、出産、介護などがあっても安心して働き続けられる環境を作り、次の世代にバトンを渡さなければいけません。
 働き方や人の意識を変えることは容易ではありませんが、大きな川の流れが変わるように、この流れは変えられます。そのためにも、私たちが声を挙げ続けていかなければと思っているのです。

著者情報

株式会社natural rights代表取締役/マタハラNet創設者

小酒部さやか

おさかべ さやか

2005年、多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン科卒業。(株)アサツー ディ・ケイにてアートディレクターとして勤務後に転職した会社で、契約社員として雑誌の編集業務に従事する中、マタハラ被害に遭う。2014年7月、ほかの被害女性らとともにマタハラNetを設立(2015年6月にNPO法人化)。アメリカの外交・国際政治専門誌「フォーリン・アフェアーズ」にその活動が掲載されたほか、「カーネギー・カウンシル」研究員の取材を受けるなど、世界的に注目を集める。2015年3月、米国務省「世界の勇気ある女性賞」を日本人として初めて受賞。2016年11月、株式会社natural rightsを設立。代表取締役に就任。著書に『マタハラ問題』(筑摩書房、2016年)、『ずっと働ける会社』(花伝社、2016年)がある。
●natural rights http://www.naturalrights.co.jp/
(2017.02)

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