定時制のリアル(1) 困難を抱える子どもたちの学び直しの場として
黒川祥子(ノンフィクションライター)
定時制の授業はどのように行われるのか、興味があった。全日制との違いはあるのだろうか。大きな違いは、生徒が少なく教室ががらんとしていることだ。この日、普通科1年「数学Ⅰ」の授業の出席者は女子4人、男子2人。6人がそれぞれ教室の前方に座って、不等式についての説明を聞く。非常にわかりやすい説明で、基礎から熱心に指導していく姿勢が伝わってくる。プリントの問題に取り組む生徒たちの間を回って教員が机を覗き、一人一人の習熟度を確認する。全日制より生徒数が少ない分、細やかな配慮と指導が行われているようだ。
電気類型1年「現代社会」は、男子生徒のみ9名の出席。工業科は女子生徒の比率が低い。新井教諭の授業だった。テーマは日本国憲法。プロジェクターで黒板にパワーポイントの画像を映し出し、ひとつひとつ丁寧に説明する。教科書も使い、ワークシートの穴埋めを指示する。熱意を帯びた、わかりやすい授業だ。
「自分でも、それから、みんなでも考えて。誰かに教えてもらってもいいから」
その呼びかけで、4~5人が何やら相談を始める。和気藹々とした穏やかな雰囲気だ。
普通科1年「国語総合」は漢字検定に備え、11名全員が漢字の問題に熱心に取り組んでいた。美しい文字を書く子がいて、思わず見とれてしまう。
電気類型2年「家庭基礎」では、男子生徒でも器用に運針しているさまが驚きだった。実技科目でも静寂が保たれ、生徒は集中している。
現代文に英語、保健体育など、見せていただいたどの授業からも、教員の並々ならぬ熱意が伝わってきた。聞き取りやすい、あたたかみを帯びた声で、熱心に生徒に語りかける教員たち。生徒はだらっとしていたり、かったるそうだったり、逆に真剣だったりと姿勢はさまざまだが、授業に集中している。中学まで授業がわからなくて放っておかれた子どもたちが、学び直しの時を生きていた。
ほとんどの授業においてプリントを使うのは、黒板の文字を時間内に写しきれない生徒がいることと、ノートを買えない家庭もあることに配慮してだという。
生き生きと体を動かす生徒たち
工業技術科の実習も見せていただいた。機械類型1年の「製図」。ドラフターという製図台を使っての作業だが、1年生なのでまだ基礎中の基礎だという。平面で立体を表現するため、空間認識能力も必要だし、覚えなければならない決まりがたくさんある。
「手仕上げ」は、ヤスリで金属を削る作業だ。丸棒から文鎮を作るのだが、硬い金属を削るのでなかなかつらい作業だという。作業着を着た生徒が、教員のつきっきりの指導のもと真面目に取り組んでいる。

黙々と金属にやすりをかける「手仕上げ」。
「旋盤」は危険な工作機械を扱うために、徹底した安全教育を行い、複数の教員がそばに付く。
電気類型の1年生9名は、交流の電圧測定に取り組んでいた。理論は後からでいいので、まず動かしてみようという指導だ。座学の教室にいるより、生徒たちはずっと生き生きとしている。

電圧の測定器を使った実習。
校庭では、1~3年の男子合同の体育の授業が行われていた。1年生は基礎練習で、2年と3年は試合形式で野球をしている。教員が打ちやすいようにボールを投げ、それを打って走って守るのだが、動きがぎこちなく、野球やキャッチボールをしたことがないような生徒が目立つ。

夜のグラウンドで、野球を楽しむ。
女子は、やはり合同で、体育館でのバドミントン。こちらはラリーが続くなど、慣れている様子で笑い声も聞かれ、和やかな雰囲気だ。
部活も見せていただいた。体育館では男子バスケ、バドミントンに卓球、校庭では陸上、サッカー、野球部が活動しており、それぞれが自分のペースで楽しんでいる。
文芸創作部や写真部などの文化部は、翌週の文化祭を目前に控え、作品作りに余念がない。描いている漫画を見せてもらったら、「すごいね」と思わず声が出た。才能を感じずにいられない。描くのが好きでたまらないといった笑顔がまぶしかった。
窓の外が暗闇でさえなければ、ここが全日制の高校だと言われてもうなずくだろう。目の前にいる生徒たちは、髪の毛を染めていたり、自由な服装ではあるけれど、街を歩いている高校生たちとなんら変わりはない。
文化祭に参加しよう!
川越工業定時制を訪ねたのは、もうすぐ文化祭という時期だった。新井教諭がこう話す。
「これまで定時制は文化祭に参加してこなかったのですが、去年から自分たちで作った物を売ろうと模擬店を出すことにしました。教員は結構大変ですが、すべては生徒のためですから」
これまで家庭でも学校でも疎外されてきた子どもたちだからこそ、晴れの舞台に立たせたい。達成感を知ってほしい。そんな 定時制教員たちの願いのもと、川越工業高校文化祭「工業祭」の幕は開いた。
(定時制のリアル2 生徒を社会に送り出すために~埼玉県立川越工業高校定時制〈後編〉へ続く)
著者情報
ノンフィクションライター
黒川祥子
くろかわ しょうこ
1959年福島県生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。業界紙記者などを経てフリーライターとなり、家族の問題を中心に執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で第11回開高健ノンフィクション賞を受賞。著書に『熟年婚』(河出書房新社)。 また、橘由歩の筆名で『「ひきこもり」たちの夜が明けるとき』(PHP研究所)、『身内の犯行』(新潮新書)、『セレブ・モンスター』(河出書房新社)、『全国ごちそう調味料』(幻冬舎)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『PTA不要論』(新潮新書)、『8050問題』(集英社)、『心の除染』(集英社文庫)、などがある。息子が二人いるシングルマザー。