若年介護者「ヤングケアラー」の言葉を聞く~家族介護とどう向き合うか~
澁谷智子(成蹊大学文学部現代社会学科教授)
(構成・文/井上佳世)
今回お話しいただいた内容は、沖さん、坂本さん、高橋さんが自分たちのこれまでの人生のどこに焦点を当てるのかを考えて、ご自身でまとめてくださったものです。若い方がヤングケアラーとしての体験を語るときには、私はどこまで語って大丈夫かと心配してしまうこともあるのですが、皆さん、しっかりとした考えに基づいて語っておられて、逆にそのように心配してしまう自分を恥ずかしいと感じるときもあります。
日本で「ヤングケアラー」という言葉が一般に知られ始めた2013年前後、まず語り出したのは祖父母をケアしている孫世代たちでした。ですから最初は、「ヤングケアラー=介護者」というイメージで捉えられがちでした。しかし、教育現場での調査が進むにつれ、子どもがケアしている対象は病気や障がいのある母親や兄弟姉妹が際立って多いことも明らかになってきました。ケアの内容は、「家事」「きょうだいの世話」「身の回りの世話(食事や着替え、移動介助など)」「感情面のサポート(精神状態の見守りや対応、元気づけなど)」と多岐にわたっています。沖さんのように、幼い頃からケアに携わることが日常で、「ヤングケアラー」という言葉に出会って初めて、自分の置かれている立場を知るという人は少なくないのです。
しかし、「ヤングケアラー」という言葉は、さまざまな側面をもつ親子関係の中で特に〈ケア〉という面に焦点を当て、さらに〈子どもから親へのケア〉だけをクローズアップしたものです。実際の生活においては、親に病気や障がいがあったとしても、〈親が子どもをケアする〉ことも当然存在しています。「ヤングケアラー」という言葉はそれを見えにくくしているのも確かです。
実際、子どもから親へのケアだけに焦点を当てているこの言葉を見聞きし、「ヤングケアラーはかわいそう」と捉えてしまう人もいます。高橋さんも以前は、「ヤングケアラー」と呼ばれることに抵抗があるとおっしゃっていました。「ヤングケアラー」という言葉では、親を尊敬している気持ちが感じにくくなってしまうという理由からでした。私たちは、この言葉が親子の関係の一面だけを切り出してそれを強調してしまう特徴をもっていることに留意し、ヤングケアラーであるという側面だけで子どもたちを見ることがないよう、この言葉を注意深く扱う必要があると考えています。

澁谷智子さん
〈ケアをする・される〉は身近なことに
一方で、「ヤングケアラー」という言葉がメディアで取り上げられたことでの発見もありました。予想を超える大きな反響を得たのは、おそらくヤングケアラーの置かれている困難さを想像できる人が増えてきたからではないかと私は思っています。
今日では、共働き家庭が増え、親が仕事を終えて帰宅しても家庭が「第二の勤務」の場であるという「セカンドシフト」問題が深刻です。帰宅後も、家事のみならず、高齢者介護や育児などの仕事が待っているというわけです。
こうした共働き家庭の増加に加え、一世帯当たりの人数は減っており、さらに高齢化や医療の発展によってケアを必要とする人は増えています。〈ケアをする・される〉ということは、いつ自分の身に起きてもおかしくありませんし、子どもがケアを担っている状況を示す「ヤングケアラー」という言葉は、そういう社会背景にフィットして広まったのだろうと思います。
しかし、ケアをする人は増えているのに、社会のほうの受け皿が十分に整っていないと感じられる局面もしばしば見受けられます。あるヤングケアラーは、就職試験の面接で祖母を介護してきたことを語ったところ、「あなたが6年間おばあさまを介護してきたということは、働いていく上では特に意味のないこと」と言われたそうです。もし、面接官にもケアを担った経験があったなら、6年間祖母を介護したという話から、彼が複数の人間のペースやニーズを考慮しながらタイプの違う作業をマルチタスクでこなしていく能力にすぐれていること、忍耐力があること、トラブルが起きたときにも物事を整理して解決策を見出そうとしてきたことを、きちんと汲み取れたでしょう。
ヤングケアラーのほうも、自分がケアをしてきた経験が何を意味するのかということを、人に十分に説明できるようにはなっていないところがあります。むしろ、ケアのために学校を遅刻しがちで勉強も十分にできず、つらい思いをしたと感じている人は、その後の進学、就職においても自信をもちにくくなりがちです。でも、家族のサポートや介護経験で自分の特性に気づき、社会に対してどんな疑問や提案を投げかけたいと考えているのか。それを伝える言葉を彼らが獲得できたら、ケアラー経験のない人とは違った成熟度をアピールすることもできるのではないでしょうか。
坂本さんもおっしゃっていたように、「自分の体験を語ることが、自分の人生を取り戻すリカバリーの一歩」ということは本当に大切です。そして、ヤングケアラーたちが「自分にはこの経験がある」と思えるための言葉を獲得するには、やはり「聞き手」との相互作用が欠かせません。そうした「聞き手」には、教育関係者、医療従事者、心理カウンセラーなどの専門職だけでなく、ヤングケアラーの言葉を丁寧に聞いてその子の気持ちを受けとめようとする人であれば、誰でも十分なりえます。ケアの話をそのように聞いてくれる人がいることで、ヤングケアラーも自分の体験を具体的に振り返って話すことができ、気持ちも整理されていくところがあるのです。こうしたヤングケアラーに関心をもつ人が増えていくだけでも、社会は大きく変わっていくと思います。
著者情報
成蹊大学文学部現代社会学科教授
澁谷智子
しぶや ともこ
1974年生まれ。東京大学教養学部卒。ロンドン大学をへて東京大学大学院博士号取得。2012年から成蹊大学で教鞭をとる。専門は社会学。社会福祉のほか、手話やヤングケアラーについても研究している。著書に『コーダの世界――手話の文化と声の文化』(医学書院、 2009年)、『女って大変。――働くことと生きることのワークライフバランス考』(共著、医学書院、2011)がある。