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社会問題

相模原事件裁判傍聴記〜「歌手とか野球選手になれるならなってると思います。(事件は)自分がなれる中で一番有意義だと思いました」(植松聖被告)

植松聖被告の法廷に通って

雨宮処凛(作家、活動家)

 甲Eさんの弟の後に質問したのは尾野剛志さんだ。
「今、幸せですか」と聞かれ、「幸せではありません」「あーどうだろう」「面倒だからです」と答えた植松被告は「今のはちょっと失礼だな、不自由だからです」と言い直した。施設に勤務し始めてすぐの頃は「障害者はかわいい」と言っていたのに「必要ない」という考えに変わったのはなぜか、という尾野さんの問いに、植松被告は答えた。
「彼らを世話している場合ではないと思いました。社会に不幸な人はたくさんいるし、日本もそれどころではないと」
 なぜ、それが正しいと思ったのか、その根拠について聞かれると「お金と時間を奪っているからです」。
 翌2月6日の公判は、被害者側の弁護士からの質問だ。裁判を前に家族が実名を公表した美帆さん側の弁護士が質問する。美帆さんは、植松被告に刺され、19歳で亡くなった女性だ。
 美帆さんは人に幸せを与えていなかったと思いますか? と問われ、「そこだけ見ればそうかもしれませんが、施設に預けていることを考えれば負担になっていたと思います。お金と時間を奪っている。それで幸せになってはいけないと思います」。葬儀に多くの人が来たことに触れ、美帆さんがいることを喜ぶ人がいなかったと思うか? と聞かれると、「喜んではいけないと思います」と答えた。

  弁護士 あなたは美帆さんが人間でなかったと思うんですか?
  植 松 人間として生活することができないと思います。
  弁護士 人間と考えるべきでないということですか?
  植 松 そういうことです。

 法廷では、植松被告の両親についても被害者側の弁護士に質問された。植松被告は自分の親のことになると「言う必要はないと思います」など口をつぐむことがある。「自分は愛されて育ったと思いますか」と聞かれると、言った。
「比較的、いろいろ手をかけて頂いたと思います。学習塾、部活動、不自由なく生活させてもらいました」
 一方、親が障害者になったら殺すのかという主旨のことを問われると「自分で死ぬべきだと思います」「そうなったらおしまい。安楽死させられても仕方ない」。(「あなたが手を下す?」と聞かれて)「家族任せは心理的負担が大きいので医者がすべき」と答えるのだった。

全身にみなぎる「万能感」

 2月5、6日の法廷での一つのキーワードは「共生社会」だった。
 事件を起こしたことで、社会はあなたの考えるようになったか? と問われた植松被告は「キョウセイ社会に傾いたので、やっぱり無理だよね、となればいいと思います」と言った。
 キョウセイ社会? 共に生きる、ですか? と裁判官が確認したほどに、その言葉は植松被告にそぐわなかった。が、翌日もこの言葉について補足している。
「共生社会を目指す方向にいったのが、ある意味一歩前進したと思います。安楽死を認める上でそういう段階を踏まなくてはいけない。共生社会になれば現実的でないと分かる。実践として無理だったと分かる」
 共生社会という奇麗ごとはどうせすぐに破綻する、その結果、安楽死が認められると主張するのだ。また、「犯行前に戻れるとしたら、殺害以外の方法はないのか?」と聞かれると「デモなどしても意味がないと思います」と言った。
 さらにこの日は、植松被告が事件後につくった「心失者」という言葉にも触れられた。彼は意思疎通のできない重度障害者を「心失者」と呼んでいるのだが、それ以外の「心失者」はどんな人かと聞かれると、自分に手紙を出してきた殺人犯の話をした。手紙には、「若い女を監禁して殺しまくる小説が面白かった」と書かれていたという。その犯人は、女性を殺したそうだ。
「どうしようもないと思いました」
 梅松被告は軽蔑の滲んだ声で言った。そのような人も心失者に入るらしい。続けて「植物状態の人は?」と聞かれると、「絶対回復しないわけではないのですぐ殺すべきではありませんが、安楽死させるべきだと思います」。「名前、年齢、住所が言えない人は?」とさらに問われると、「安楽死させるべきです」と答えた。
 このような時、植松被告の全身に「万能感」がみなぎっているのを感じる。あらゆる者の生殺与奪の権利を自分が一手に握っている、という陶酔感。そんな権利、植松被告には微塵もないのに、どのような人間を生かし、どのような人間を殺すべきかという話になると、端から見ても脳内麻薬が出ているのが分かるほどに高揚するのだ。
 この「神目線」の快楽が、事件を読み解く一つの鍵のような気がする。何一つ思い通りにいかない若者(20代なんてだいたいそんなものだ)がすがった「自分が支配者だったら」という脳内ゲーム。すらすらと答える姿を見れば、誰もが「ずーっとこのことを考えていたんだろうな」と思うはずだ。

植松被告には一体、何が見えているのだろう?

 さて、2月6日の裁判の終わり頃、裁判員の一人が、殺害方法に触れた。植松被告は最初、心臓を狙って刃物を刺していたという。が、刃物が骨に当たって曲がったりし、自身も怪我をしたことから首を狙うようになる。
「やわらかい首に変えました」
 その「やわらかい首」という植松被告の言葉に、思わず自分の首を押さえそうになった。やわらかな首の皮膚に、刃物がスッと当たる冷たい感触。目の前の植松被告はあの日、無防備に寝ている43人を刺し、19人を殺害したのだ。刺し傷だけで100箇所以上。なのに、犯行当時、血の匂いはあまり感じていなかったという。
 ゾッとしながら、もう一つ、背筋が凍ったことを思い出していた。1月30日の面会で、私は植松被告に真鍋昌平氏の漫画『闇金ウシジマくん』(小学館)について聞いていた。1月24日の法廷で「横浜に原子爆弾が落ちる」「6月7日か9月7日に落ちる」などと言っていた植松被告だが、それが「『闇金ウシジマくん』に書いてあります」と述べていたからだ。面会でそのシーンが何巻にあるか聞くと「最終巻です。それの一番最後のところです」と言うので入手して読んでみた。
 しかし、『闇金ウシジマくん』の最終巻に、彼が言うシーンは存在しなかった。
 彼には一体、何が見えているのだろう?
                               ◆
 2月7日の裁判で、植松被告の精神鑑定をした医師は、「意思疎通のできない障害者を殺す」という動機を「妄想ではない」とし、「病気による発想ではなく、園での勤務経験や世界・社会情勢を見聞きしたことにより形成されていった」と述べたという(神奈川新聞「被告の精神鑑定した医師が証言、事件への大麻の影響否定」、20年2月7日)。
 私の謎はまた一つ、深まった。
 判決は、3月16日に出る予定だ。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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