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「8050問題」を取材したジャーナリストに聞く!「中高年ひきこもり」当事者と家族たちの苦悩と再生

黒川祥子(ノンフィクションライター)

(構成・文/小長光哲郎)

「8050問題」とは、80代の親(「80〈ハチマル〉世代」)が50代のひきこもりの子(「50〈ゴーマル〉世代」)を抱えている家庭、そしてそこから派生する問題を指す。
 ノンフィクション作家、黒川祥子さんは、「中高年ひきこもり」の実像を3年にわたって取材し、2019年、『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』にまとめました。
「家庭」という、最も閉鎖的でプライベートな場所で、数十年にもわたり、いったい何が起こっていたのか。黒川さんが、七者七様のひきこもり当事者と、その家族のなかに見たものとは? 取材を始めるきっかけから、本書に込めた願いまで、とことん語っていただきました。

 

「家族」と「ひきこもり」の切っても切れない関係

『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(以下、「本書」)には、7つの家族が登場します。8050問題について、「当事者と家族」に焦点を絞って書きました。取材を重ねる中で、「ひきこもり」というものが家族のあり方と切っても切れない関係にあるということを、あらためて痛感したからです。

 私は「家族」が万全なものだとは思っていません。家庭内で虐待やDVなどの事件が起こると「家族の機能不全」といった言葉が使われることがありますが、「家族」の「機能」とは何なのでしょう。家族が「機能」していれば、何の問題も起こらないのでしょうか。しかし、家族に何の問題もなく生きているように見える人でも、大なり小なり家族に起因する生きづらさを抱えています。過干渉や無関心、家庭内差別など、家族との関係に苦しんだことがない人はほとんどいないのでしょうか。でも、深刻な虐待があるわけでもなければ、「普通の家庭で育った普通の人」と見なされます。ならば、私はそんな「普通」と思われている人たちの中にある生きづらさを見つめていきたい。それが、私がノンフィクションを書こうと思ったスタート地点です。きっかけは、ある不登校の支援施設でスタッフをしていた1年間でした。

 1997年から98年にかけて、ライター業の傍ら、東京・福生(ふっさ)にある不登校児などを支援する施設でスタッフとして働きました。取材に奔走する日々の中で、取材者という傍観者でいるだけでなく、行為者になりたいと思ったんです。

 その施設で、いじめで中学校に行けなくなった14~15歳の子どもたちに出会い、勉強を見たりするようになりました。彼らにしても、家庭環境が崩壊していたわけではありません。お父さんもお母さんも「ちゃんとした人だね」、と言われるような、「普通」の家庭の子どもたちでした。

 でも、本人はつらい。いじめとはまた別に、家族によって苦しい思いをさせられていたり、傷ついていたり、居場所がないと感じていたりする子どももいました。それなのに、「家族はいいものだ」という風潮が、彼らのつらさを「見えないもの」にしてしまっている。それがスタッフとしての経験でわかったので、そのことに光を当てたいと思い、「家族」をテーマにするようになりました。

20代のひきこもりと関わり始める

 そのころ、ひきこもりをめぐる状況はちょうど「潮目」を迎えることになりました。98年に刊行された精神科医の斎藤環さんの『社会的ひきこもり 終わらない思春期』(PHP新書)によって、ひきこもりという存在が社会的に認知されたのです。すると、それまでの支援施設は、主に不登校の子どものための「昼間の居場所」だったのですが、あれよあれよという間に、20代後半の「中学生くらいから10年間、ひきこもりだった」という人たちに関する相談を受けるようになりました。支援する相手の年齢が10歳以上も上がり、取り組むべき問題も不登校からひきこもりへと切り替わりました。

 施設がどんな支援をしていたかというと、とにかく外に興味を持ってもらうこと。毎月毎月、家庭訪問をして、玄関や部屋の扉越しに「このまま私があなたのところに通ってきていても、何も変わらないよね、ちょっと扉の外に出てみない?」と説得して、彼らを施設まで連れ出します。私は施設にやってきた彼らへの生活支援に関わりました。友だちのように、一緒におしゃべりしたり、料理をしたりして過ごすんです。実際に接してみると、いろいろな人がいました。対人関係に恐怖心があったり、あまりに長期間ひきこもっていたせいで筋力が衰えて、歩く訓練が必要だったり。そんな彼らに施設で外の世界に少しずつ慣れていってもらうという活動をしていました。

 この施設を1年でやめてしまったのは、そのころ離婚して子どもを一人で育てることになり、収入を重視しなければならなくなったからです。でも、施設の関係者とはその後も交流を続けていましたし、支援対象として出会った3人の男女は、のちに「自分のことを語ってもいい」と言ってくれて、彼らへの取材が2003年の書籍デビュー作『「ひきこもり」たちの夜が明けるとき 彼らはこうして自ら歩き始めた』(橘由歩名義、PHP研究所)になりました。

ひきこもりが中高年化!?

 ただ、ひきこもりについては、関心事ではあったものの、私はあくまでも「若者問題」としてとらえていました。ところが6~7年前、施設のスタッフから、「黒川さん、50代のひきこもりがいるんだよ」と聞いて驚きました。相談してきたのは80代の親だということで、ひきこもり支援のベテランといえるスタッフでさえ、有効な対策が打てないと言います。「まさか」と思うとともに、実態を知りたい、と感じました。

 なぜなら、かつて施設で支援していた20代後半のひきこもりたちと重なったからです。あれから20数年経って、彼らは40代、50代になっているはず。当時、支援の手が届かなかった人たちがひきこもり続け、いま「中高年ひきこもり」として問題化してきたのです。

 ただ、中高年ひきこもりの当事者には簡単に接触できません。数年後になってようやく、旧知の支援施設の人が声をかけてくれました。厚生労働省からの委託で、中高年ひきこもりに対する支援を考える研究会を立ち上げ、さまざまな研究者が集まって1年間ほど協議する場をつくると言うのです。「興味があるならオブザーバーとして参加しますか?」と誘ってくれたので、引き受けました。

 そこで初めて、支援者から寄せられるさまざまな実態を知ることになり、これは本当に大変なことだ、と実感して、取材に挑戦することになりました。もちろん、なかなか当事者にはたどりつけないので、まずは支援者をたどり、「どういうケースがあるか」を聞いていくところからのスタートです。2016年の秋のことでした。

8050問題と「愛着」の有無

 3年以上も7つの家族を取材して、これを一冊の本にしてみてあらためて気づいたのは、「子どもがのびのびと思うように育つことができない、不安定な家庭だった」という思いが、中高年ひきこもりの当事者たち=「50世代」に共通していること。

 彼らは人として、原家族(自分が生まれ育った家族)から不安定な精神的土台しかもらえていませんでした。「愛着」──つまり赤ちゃんが親などの養育者との間で作る信頼の絆のようなもの──の決定的な欠如です。

「愛着」は、私にとって大きなテーマの一つです。

 2013年に出した『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)では、虐待が子どもにどんな後遺症をもたらすのか、「愛着」がいかに大切かを個々の取材、病棟や医師の取材を通して初めて知りました。18年の『県立! 再チャレンジ高校 生徒が人生をやり直せる学校』(講談社現代新書)でも、貧困、生活保護、虐待、ひとり親などさまざまな困難を抱えた子どもたちに対し、教師たちが高校生活の3年間で新たに「愛着」を築こうとする過程を取材しました。教師との間に「愛着」を築けた生徒は、その後の人生を歩むための自信というか、土台を得られるんです。つまり、愛着は別に実親からじゃなくてもいいし、里親さんでも教師たちからでも与えることができるんです。

 しかし、本書で取材した「50世代」の子たちは、親以外の誰とも出会えず、誰からも愛着を得られなかったように感じられました。

「80世代」の問題点

 そう、8050問題において本当に問われるべきなのは、「50世代」の当事者よりも、親たち「80世代」の側の問題です。

 たとえば中高年ひきこもりの当事者には、おそらくは発達障害など、心身に何らかの困難を抱える人も含まれているでしょう。現代の日本社会で、それはとても生きづらい。2019年6月、東京・練馬で、70代の元農林水産省事務次官が40代の長男を殺害した事件では、子に発達障害の疑いがある、という診断が出ていました。本来なら専門家に相談し、福祉的就労の道を探るなど、子どもの立場から見てどうすれば「生きやすく」なれるのかを考えるべきだったと思います。

 でも、私が取材した「80世代」の親たちに共通しているのは、「子どもの立場に立って考えていない」ということでした。80世代側は何かと体面を優先しがちで、自分が昭和的価値観の成功者でであれば、「子どもは親の言う通りにしていればいい」となりがち。多様な生き方を認めていないんです。

 さらに「80世代」の母たちの問題があります。昔は多くの女性が農業や家業で働いていて、子育ては主に同居のおじいちゃんおばあちゃんが担っていました。それが、戦後、核家族化と男性たちのサラリーマン化が進み、全国的に大黒柱としての夫と、就労していない「専業主婦」という妻たちが初めて現れます。「80世代」はまさにその最初の世代です。

著者情報

ノンフィクションライター

黒川祥子

くろかわ しょうこ

1959年福島県生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。業界紙記者などを経てフリーライターとなり、家族の問題を中心に執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で第11回開高健ノンフィクション賞を受賞。著書に『熟年婚』(河出書房新社)。 また、橘由歩の筆名で『「ひきこもり」たちの夜が明けるとき』(PHP研究所)、『身内の犯行』(新潮新書)、『セレブ・モンスター』(河出書房新社)、『全国ごちそう調味料』(幻冬舎)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『PTA不要論』(新潮新書)、『8050問題』(集英社)、『心の除染』(集英社文庫)、などがある。息子が二人いるシングルマザー。

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