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社会問題

「子どもの権利条約」と日本の学校〜「物言う子ども」を育てるために(前編)

「権利の主張」と「わがまま」はどう違うのか

大谷美紀子(弁護士)

(構成・文/加藤裕子)

 こうしたことを子どもが学ぶ教材として、学校での決まり事や校則は格好のツールになると私は思います。
 たとえば、他の人の学習権(教育を受ける権利)のために静かな学習環境をつくることを目的とした決まりごとや校則もある一方で、「下着の色は白」「黒い髪でなくてはいけない」など、誰かの人権を守るために作られたとはいえないような規則もあるかもしれません。「白でない下着」「黒くない髪」が誰かの人権を守るために必要な制約でないどころか、そのために生まれつき茶色っぽい髪の子どもが注意されたり、校則を破っているように周りから見られたりすれば、より大きな問題です。こうした校則がなぜ必要なのか、子どもの側から問いかけたり、見直しを提案したりして、ぜひ先生たちと議論してみてほしいと思います。
 校則をつくる、あるいは見直す過程に子どもが参加するということは、人権教育の観点から非常に大切です。子どもの権利条約第12条「意見表明権」と訳されることが多いのですが、国際的には「子どもの意見の尊重」、「子どもが意見を聞かれる権利」、あるいは「子ども参加」という言葉で紹介されています。この条文の内容は、「子どもに関することについては、子どもは自由に意見を言うことができ、その意見は尊重されなければならない」というもので、校則はまさに子どもに関わることですから、当然、学校側は子どもの意見を聞かなければなりません。
 なぜ子どもに関わることについて子どもの意見は尊重されなければならないのかについても説明しておきたいと思います。2006年に国連で採択された「障害者の権利に関する条約」がつくられるとき、「自分たちに関することを自分たち抜きに決めるな」というスローガンが掲げられましたが、これは子どもについても同じことが言えます。子どもは身体的・精神的に未熟で十分な判断能力がないという理由で、自分に関する物事であっても、親や周囲の大人に決められてしまいがちです。たとえば、校則にしても最終的には校長が決めるという仕組みの中では、子どもが意見を言えたとしても校則を決める権限までは与えられていません。結局、子どもは大人が決めたことに従わなければならないという状況に置かれることが非常に多いのです。
 しかし、だからこそ子どもは意見を聞かれなければならないというのが第12条の考え方です。政府の日本語訳では「相応に考慮する」となっているので誤解を招きがちなのですが、英語の原文では「given due weight」と書かれています。つまり「(子どもの)考えを重みをもって受け止め、考慮する」というのが本来の意味と言えるでしょう。

子どもの権利条約を根付かせるために

 子どもの権利条約第4条(締約国の実施義務)には「締約国は、この条約において認められる権利の実施のためのあらゆる適当な立法上、行政上およびその他の措置をとる」とあり、日本も締約国としてこの義務を負っています。また第44条(締約国の報告義務)により、締約国は条約を批准してからは2年以内、その後は5年ごとに、子どもの権利条約をどう守ったかを子どもの権利委員会に報告すること、委員会は、ユニセフなどの国連機関やNGO等からの情報も踏まえてその内容を審査して、足りないところがあれば締約国に是正のための勧告をすることが定められています。これは、人権保障を実現していくという困難な作業を進めるための仕組みです。
 これまで、子どもの権利委員会は日本政府に対し多くの勧告を行ってきました。一番最近のものは2019年で、委員会は、緊急の措置がとられなければならない分野として(1)差別(2)子どもの意見の尊重(3)体罰(4)親からの虐待や養育放棄などにより家庭環境を奪われた子どもの保護(5)生殖に関する健康及び精神的健康(6)少年司法、の6つを挙げました。これらの分野以外についても、委員会は、(A)子どもについての包括的な基本法がない(B)国の機関として人権を促進・擁護するオンブズマンがいない(C)児童ポルノ(D)過度に競争的な教育(E)いじめや自殺、などの問題について繰り返し日本政府に指摘し、対処を求めています。しかし、これらの勧告によって改善がなされるかというと、残念ながらなかなかそうはなっていないというのが現実です。
 もちろん、委員会の勧告を実現する責任は、国にあるのですが、同時に、政府だけの問題ではなく、結局、人々が子どもの権利を守ることにどれだけ関心を持っているかが大きく影響しているとも言えます。人々がこれまでのやり方を変える必要がないと思っているようであれば、政府も、国際条約にあるから、あるいは国連に言われたからというだけで新たな施策を打ち出そうとはしないでしょう。国民の代表である国会議員も、法律を改正したり、新しい法律を作る必要を感じないでしょう。人権を守るためには社会の意識が変わるのを待つのではなく、むしろ政府の側から社会を変えていく義務があるのですが、政府が動かない場合は、どうすれば良いか。
 政府が動かないのならば、たとえば裁判所が子どもの人権を守る方向で判決を出すといった、司法の役割も重要です。問題は、日本の裁判所も子どもの権利条約について十分に理解していないということです。その理由のひとつには、法曹教育の中で基本的には子どもの権利条約も含めた国際法について学ばないということが挙げられます。もちろん、裁判官は、国際法は憲法の次に遵守すべきだという位置づけは理解しています。しかし、国際法はいわば特殊な法律で、条文は文化も民族も言語も宗教も違う国の人たちが通訳を介しながら議論してつくられたものですから、言葉遣いがわかりにくかったり、通常の法律とは違う言い回しも見られたりします。法解釈のプロを自任する裁判官だからこそ、そういう法律をどう解釈すればよいのかという戸惑いもあるのでしょう。今後は、裁判官に限らず、弁護士や検察官も法曹教育の課程で必ず国際法を学び、十分な理解と自信をもって、子どもの権利条約を論拠とした議論ができるようになることが必要だと思います。
 それでも、最近では子どもの権利条約を根拠とする判決も少しずつ出てきています。たとえば、2021年3月、名古屋地裁は、マンション建設で幼稚園の日照権が侵害されたことに対する訴訟に対し、259万円の賠償を命じ、子どもの権利条約がその判断の根拠のひとつとされました。こうした画期的な判決を下した裁判官を、市民の側から支えていくことも非常に大切です。

子どもの権利は大人もエンパワメントする

 そして、市民ひとりひとりには、ぜひ子どもの権利条約にどういうことが書かれているのか、知ってほしいと思います。というのは、子どもの権利条約は子どもだけではなく、大人の生き方もエンパワメントするものだからです。
 たとえば、私たち大人もけっして言いたいことを自由に言えているわけではありません。つい「こんなことを言えばどう思われるか」と忖度し、口を閉ざしてしまうということはよくあります。これは、日本が和を重んじる社会であるということも影響しているのだと思いますが、私自身、国際社会で仕事をしていく中で、自分の意見を堂々と言えないことでは非常に苦労しています。
 未来を生きる子どもたちには、より良い社会を作るためにも、理不尽な状況を我慢せず、言いたいことを言えるようになってほしい。けれども、大人ができていないことを子どもがするのはもっと難しいのです。子どもに「他と違っても自分が思っていることを言っていいんだよ」と教えても、大人が他人の顔色をうかがっているようでは、子どもから「大人だってできていないじゃないか」と言われてしまうでしょう。
「子どもの権利条約には素晴らしいことが書いてある。これはぜひ子どもに教えたい」と思うのであれば、まず大人自身が自分の権利を行使できないでいることに気づき、自分が持つ権利を再発見していくことが必要です。人権の大切さを理解し、子どもが権利を使っていくことを励ます、そしてサポートしていく、そのような大人が増えていくことが、子どもの権利を実現するための大きな力になっていくのだと思います。

【教育現場における子どもの権利の現状について喜多明人・早稲田大学名誉教授にうかがった「後編」はこちら!】

著者情報

弁護士

大谷美紀子

おおたに・みきこ

1964年、大阪府生まれ。87年上智大学法学部卒業後、同年の司法試験に合格。1990年に弁護士登録(東京弁護士会)し、新麹町法律事務所入所。1999年コロンビア大学大学院修士課程修了後、帰国して大谷法律事務所を設立。2003年東京大学法学政治学研究科修士課程修了、2012年青山学院大学法学研究科博士後期課程満期退学。2020年博士(法学)(青山学院大学)。2017年大谷&パートナーズ法律事務所を設立。2016年には国際連合「子どもの権利委員会」委員に当選し、2021年に委員長に就任。共著『国際人権法実践ハンドブック』(現代人文社、2007年)、共編著『ハーグ条約の理論と実務 国境を越えた子の奪い合い紛争の解決のために』(法律文化社、2021年)などがある。

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