imidas - 情報・知識&オピニオン

探究

社会問題

妻たちと国家 〜入管法に翻弄される人々

【第1回】カタクリ子さん/刻印された痛み

木村友祐(小説家)

 どうすればいいのか。どうするのか。カタクリ子さんと夫は電話越しに激しくもめた。そのときに、夫は心の底に抱えていた本音をもらしたのだった。──「日本が怖い」と。
「『もう俺をあんな目に遭わせた国は、信じられない。怖い』と。恐怖心ですよね。日本と日本人に対する恐怖心。『悪いけど、日本には行きたくない』って。それを聞いて私も『まぁ、そうだよね』と思って。ビザが出て、それで私たちの関係がうまくいくのか、いかないのかわかんないけど、スムーズに来られるんだったら夫を受け入れようと思ってました。でも、アメリカにいれば少なくとも仕事はできるし、お兄さんもいるし、日本より生きやすいんじゃないかなと思って。だから『アメリカにいなさいよ』って私は言って。『私たち日本人は幸いアメリカに遊びに行けるし、もしまだご縁があって、お互いに何か関係があるんだったら、将来会うこともあるんじゃない?』と。『もうとりあえず、終わりにしましょう』と、私のほうから言って」
 皮肉なことに、夫との婚姻を解消するしかないところに追い込まれてしまったのだった。
「夫に出会って、今度こそと思ったんですよね」とカタクリ子さんはつぶやいた。東京の実家は父の暴力が支配するような家だった。最初に日本人男性と結婚したのは、とにかく実家から逃げる口実をつくるためで、家族をつくる目的ではなかったし、日本になじめず世界中を放浪するような相手も家族に関心はなかった。カタクリ子さんが「もしかしたら、私、家族をつくれるのかもしれないな」とはじめて思ったのは、ケニア人男性との間に子どもができたときである。だが、カタクリ子さんが出産のために日本に一時帰国している間に、インドにいた彼は調理中のガス爆発による火事で亡くなってしまう(しかも、それを知ったのは、日本人の元夫がカタクリ子さんの住所を書いた紙切れだけを持って自死するという、打ちのめされる出来事が起きた後だった)。だから、現在の夫と今度こそ、子どものころの自分が持ちえなかった温かな家族を築きたいと思っていた。
「それがこう、全部崩れちゃったわけですよね。その崩れたものをどうにかして、自分でまたつなぎ合わせて、やり直していかなくちゃいけない……。儀式として離婚でもしないと、たぶんだめなんじゃないかなというか、このままこの状態をズルズル続けて、いつ実現するかわからない家族像のために我慢するのは、もう耐えられないというか。それに、夫も解放してあげたいという気持ちもあって。私より10歳若いので、自分の新しい家族を持つチャンスはまだあるし、私たちじゃなくてもいいんじゃないかとも思ったり」
「夫は単純で、おバカさんで、ほんとうにシンプルな優しい人だから、憎めないんですよね。だけど、もうこういう結果になった以上、嫌いになるしかないじゃないですか。そうしないと私も整理がつかないし。自分を守るためにも、もう相手を嫌いになるしかないという感じが、つらいですね。憎みたくないけど、相手を憎むことでしか、自分を救えないというか」
「こうなったのは、全部国のせいなんですよ。だけど、結局、最後にその後始末をつけなきゃいけないのは自分じゃないですか。国のせいなのに、最後には自分の問題に集約されちゃって、『国ずるいな』っていう。そう、ずるいなと思いますね。誰も責任取ってくれませんもんね。国が責任取ってくれないって、こういうことなんだなっていうのが、この入管のことでほんとうにわかりました。私の母方の祖父はインパール作戦の生き残りなんですけど、国がはじめた戦争に駆り出されて死ぬのも、こういうことなんだなとか」

 長い逡巡の末に、カタクリ子さんは昨年の年末、地元の役所に離婚届を出した。心に重くのしかかった用事を果たし、年が変わる前に禊(みそぎ)をしたいと思った。ムスリムだから禊はおかしいのかもと思いつつ、これまでも元夫が自死したときや恋人の事故死のときに、前に進むためにそうしてきた。いつも禊には海に行っていたのだが、今回は行けそうもない。ツイッターで見かけたアートの展覧会のことを思い出し、アートを観て心を洗おうと思った。
   本郷にある3階建ての建物に入ると、1階にも2階にも、なんと海の展示があった。大画面に海が映し出されていたり、小さい画面に海がいっぱいあったり、動画でも海の映像が流れていて、「わぁ、来てよかったなぁ」と思いながら、しばらく海の雰囲気に浸って佇んでいた。
 そして、3階に行ったときだった。そのフロアの展示(Ad Mornings「Place of Living Information」@トーキョーアーツアンドスペース本郷)はカタクリ子さんにはよくわからなかったが、足元の床に無造作に置かれた、何か迷路のような赤い図面が印刷された約1メートル四方の紙が目に入った。「なんだろう」と顔を近づけて見た途端、全身に地雷を踏んだような衝撃が走り、涙が止まらなくなった。
 そこには、日本在住のフランス国籍のアーティスト、ゾエ・シェレンバウムさんが描いた「在留ゲーム」というタイトルの図が印刷されていた。品川入管で在留カードを更新するまでの様子を諧謔的にゲームとして描いた作品だった(後日、ゾエさんに連絡をとったところ、ヨーロッパに伝わる古典的なボードゲーム「jeu de l’oie」(ガチョウのゲーム)を応用して、関わる誰もを陰鬱にさせる入管制度のナンセンスな部分を描いたものだと教えてくれた)。カタクリ子さんはそれを「入管双六(すごろく)」と呼んだ。

©ゾエ・シェレンバウム 「在留ゲーム」、2022年(Ad Mornings、「Place of Living Information」 @TOKAS、2022年12月22日~2023年1月7日)

「もうこれ見たら、自分がものすごく傷つけられてきたことに気がついちゃったんですね。それまで入管にさんざん嫌な目に遭わされてきて、夫ともほんとうに修羅場をくぐってきて、子どもにもずっと嫌な思いさせて、色々ワーッとやってきて、最後にこれでとどめ刺されたみたいな。すごいというか、ヤバい作品でした。入管に関わった人だったら、これ見たら、何かを思わざるをえないと思います」
「他の人にはなんてこともない双六かもしれないけれど、なんだか自分の人生がこの紙1枚に集約されちゃったような気がして。『私の人生、こんな紙1枚かよ』って気もしたし、『まあ、人から見たら、双六1枚のもんよね』と思ってそれも悔しかったし、『いや、こんな紙1枚で終わらすなよ』っていう怒りもあったし。せめて壁に飾っていたらまだよかったのに、床にベタ置きで。それも私たち家族が入管から受けた扱いみたいですごく悲しかったし」
「でも、やっぱりこの作品があったことで感情がこうやって揺さぶられて、自分が傷ついていたこととか、ショックを受けてたこととか、つらかったことが思い出せるようになったので、『ああ、アートよ、ありがとう』と思ったりとか。これまでにも私、さんざん泣いたんですよ。もうほんとうに泣いて、泣いて、泣きつくしているのに、まだ泣けるんですよね。なんですかね、これね」

著者情報

小説家

木村友祐

きむら ゆうすけ

1970年、青森県八戸市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2009年『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『海猫ツリーハウス』(2010年、集英社)『聖地Cs』(2014年、新潮社)『イサの氾濫』(2016年、未来社)『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(2016年、新潮社)『幸福な水夫』(2017年、未来社)『幼な子の聖戦』(2020年、集英社/第162回芥川賞候補)温又柔氏との往復書簡『私とあなたのあいだ―いま、この国で生きるということ』(2020年、明石書店)がある。

関連記事