妻たちと国家 〜入管法に翻弄される人々
木村友祐(小説家)
入管の仕打ちに傷つけられたカタクリ子さんは、海外の国々で理不尽に家族が刑務所に囚われたり、戦争で夫を奪われたり、慰安婦として体を差しだして働かされた人たちの気持ちが他人事ではなくなった。日常のふとしたときにそうした物事に触れると、地雷を踏んだように痛みが噴き出すのだった。
「それがあるから、すごい生きづらくなってしまって。全部が地雷みたいな。レイプされてしまった人も、そういう癒えない傷を負うでしょう。私もその意味で、国にレイプされたみたいな感じです。いつ、どこで地雷を踏んで痛みが噴き出すかわからない。もうこれは絶対終わらないんですよ。終わらない」
「国にレイプされた」という言葉の強さと重み。それにぼくが安易に飛びついて、カタクリ子さんを性的暴行被害者と同一視して語ってはいけない。だが、人として持つ個人の尊厳を踏みにじられ、圧倒的な力で屈服させられ、いつまでも消えない痛みを刻印されたという点で共通しているのはたしかに違いない。
入管が差配する在留ゲーム=入管双六。そのゲームの上で、どれだけの人々が悲嘆に暮れ、絶望させられてきただろう。どれだけの家族が散り散りにさせられてきただろう。とりわけ、日本人と結婚した他国籍の者は、日本という土地と人間にめでたくご縁ができた人なのに、このゲームはそれをも認めない。
人生はしかし、ゲームではない。誰かの支配下に置かれていいものでもない。だが、入管の恣意的な裁量によって人の人生を翻弄するゲームは、この国で何十年も続いてきた。ゲームのシステムに則って機械的に振り分ける先には、消えない痛みに苦しむ生身の人間がいる。それは父親を奪われたカタクリ子さんの息子のように、次世代を担う子どもたちにも消えない傷を残す。
日本と縁ができた人に「日本と日本人が怖い」と言わせ、日本人であっても「今度こそ」と望んだ家族の幸せを打ち砕かれる。この国は一体何をやっている? 今回の入管法改定案が通ってしまえば、カタクリ子さんと同じような思いをする人が大勢出てきてしまうだろう。
誰も幸せにしないシステムなら、もういい加減、根本から改めるべきだ。
著者情報
小説家
木村友祐
きむら ゆうすけ
1970年、青森県八戸市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2009年『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『海猫ツリーハウス』(2010年、集英社)『聖地Cs』(2014年、新潮社)『イサの氾濫』(2016年、未来社)『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(2016年、新潮社)『幸福な水夫』(2017年、未来社)『幼な子の聖戦』(2020年、集英社/第162回芥川賞候補)温又柔氏との往復書簡『私とあなたのあいだ―いま、この国で生きるということ』(2020年、明石書店)がある。