妻たちと国家 〜入管法に翻弄される人々②
木村友祐(小説家)
なぜ難民と認めないのか。難民と認めないなら、なぜ家族と認めて配偶者ビザあるいは在留特別許可を出さないのか。マモさんが原告となって2019年に裁判を起こしたが、地裁も高裁も敗訴となった。
そもそも、トルコ国籍のクルド人は海外では高確率で難民認定されるのに、日本ではこれまで難民と認定されたことはなかった(2022年、初めて1人だけ認定された)。来日してから25年も仮放免状態に置かれているクルド人もいるほどだ。その原因を大橋毅(たけし)弁護士は、トルコ治安当局と法務省が「テロ対策」において協力関係にあるからと見ている(「毎日新聞」2022年8月17日付東京夕刊記事/「トルコ国籍のクルド人、初の難民認定 不合理な構造、変える契機に」)
トルコの軍や警察がクルド人を攻撃しても、それはテロ対策であって迫害ではない。よって迫害から逃れてきた難民ではないという理屈のようだ。協力関係に配慮して難民と認めないなんて、そのこと自体、法務省が取り仕切る難民認定が公正さを欠いていることを示している。その不合理に苦しむのは、マモさんとまゆみさんのように、ごくささやかな幸せを求める生活者だ。
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さらに、入管行政のことを当事者に聞くにつれ、家族と認めるかどうかの判断基準も歪んでいると思われてならない。血のつながった子どもがいるかどうかを重視する偏った家族観である。
「2018年の9月ごろだったかな、仮放免されて間もなく、夫だけ入管からインタビューを受けたんです。そうしたら、難民審査をする担当の人から『あなたたち、子どもはいないのか』『できないのか』ということと、『前の彼女との間に子どもはできなかったのか』『トルコで誰か子どもはいないのか』って聞かれたらしいんですね。夫はカッとなって『外に奥さん待ってるから、直接聞いてよ』って言ったらしいんです。そうしたら『ああ、別にいいんです、いいんです』みたいな感じになって終わったらしいんですけど。夫は『やっぱり子どもを見てるのかなって思った』って言ってました」
実子がいるかを聞くのはまだわかるとして、夫の結婚前の彼女との間に子どもがいるかどうかなんて、一体、難民審査となんの関係があるのだろう。
「関係ないんですよ。ただ、やっぱり子どもなんですよ。それも、夫婦の実子が必要だって言ってみたり、前の彼女の子どものことを言ってみたり、わけわかんない。完全なハラスメントですよね。でも、それを言われると、やっぱり自分を責めてしまう。私が年齢的に子どもを産めないから。『私が彼を苦しめてるのかな。もっと若い子と結婚していれば、もしかしたら子どもができてビザが出てたんじゃないか』って、自分を責めてしまうことは多々あります。夫に申し訳ない気持ちになって」
子どもを持ちたくても、年齢や病など、その人の条件によってどうにもならないことがある。ふだん表には出さなくても、誰にも言えない悲しみを胸の奥にしまっている人もいるはずだ。そんな痛みを抱えた人の心を、入管の対応はさらに傷つけている。なぜ、国の機関にそんな思いをさせられなければならないのか。そしてなぜ、子どもがいなければ家族とみなさないのか。ぼくだって妻との間に子どもはいない(猫はいる)。そうなると家族ではないのか?

様々な理不尽が入管の対応にはつきまとう。だが、仮放免者もその配偶者も、目立つ行動をして入管から報復されるのを恐れ、自分たちの窮状を訴えることができない(実際、入管の報復と思われる事例は存在するのだった)。まゆみさんも当初は及び腰だったが、おかしなことを許せないマモさんの姿勢の後押しもあって、早い段階から2人の名前を出して不合理を訴えてきた。しかし、それでも変わらない現状に、正直、あきらめを抱くこともあるという。
「最初は『黙ってられないよ』と思って、色んな媒体に出て訴えてきたんですけど、でも最近は、やっぱりまた失望してます。裁判をやっても変わらないし、媒体にこんなふうに話しても、状況は何も変わらないっていう。その『変わらなさ』に失望しちゃってる」
まゆみさんの言葉にうなずきながら、ぼくの心は静かに動揺するのだった。この連載記事を書いたからといって、何かが劇的に変わるとはぼくも思っていない。「それでもよろしければ……」と申し訳なさを感じながらお話をうかがっていたのだった。ただ、それでも、知らせなければ変化も生まれない。まゆみさんもその思いで、この取材に応じて下さったのだろう。
一方で、前回の入管法改悪のときから学生たちをはじめ若い人たちが抗議の声を上げていることに、まゆみさんは大いに励まされている。とりわけ、彼女・彼らがSNSを駆使して情報発信する拡散力の大きさには頼もしさを感じるのだった。
「ここ最近は、若い方たちも関心を示してくれるのがほんとうにすごいです。情報の発信の仕方とかも、インターネットを使ってパーッと広めて。紙を刷って1枚ずつ『お願いしまぁす』って渡すよりは、発信力が断然大きいなぁと思って、ありがたいですね。そう考えると、『世の中捨てたもんじゃないな』っていう気持ちもあるんですよね」
たしかにそう思う。そして、彼女・彼らの先行世代であるぼくらが先にあきらめてはいけないとも思う。
まゆみさんが最後に訴えた言葉は、当事者として考えてきた蓄積を感じさせる、大きな説得力を持つものだった。
「ほんとうにまじめに生活をしている仮放免者、個人的にいえば、日本人の配偶者がいる仮放免者はとくにそうなんですけれど、やっぱり、在留を認めてほしいです。永住権を取るとか、帰化するとか、そのへんはまた別の話ですけど、最低限の在留を認めてほしい。まずは社会的なこの土俵に乗せてもらいたい」
「その後に何か、たとえば不祥事だったり、何か問題を起こすようなことがあれば、そのときは処罰するのは当然のことなんですけど、今まで何年もこの国でまじめに暮らしを積み重ねていて、社会に対して問題をかけない、迷惑をかけない、犯罪も犯さないような人だったら、最低限の社会的土俵に乗せてもらいたいです。まず同じ立ち位置に乗せて、裁くのはそこからにしてほしい。初めから『いらない存在』と見ないでほしいですね」
その言葉に強くうなずいた。まったくその通りだと思った。まずは在留を認め、社会の一員として同じ土俵に乗せる。そうすれば本人も働けるし、税金も納められる。それで一体、誰が困るというのだろう。最初から外国人を犯罪者予備軍のように見て、ひたすら排除すれば問題解決するという入管の姿勢は、紛れもない差別であり、非合理的で、時代にも合っていない。
なのに今回の入管法改定案では、難民認定を申請して2回不認定になった者は強制送還ができるように排除の姿勢が強化されていた。夫のマモさんは、現在、4回目の難民認定の申請中で、最終の結果待ちの状態である。この法案が通ってしまったら、2人はどうなってしまうのか。
一人娘であるまゆみさんを案じ、それゆえに結婚に反対したこともあったまゆみさんの父は、一昨年の5月、入管法改定案が廃案になったあとに亡くなられた。母もその前年に亡くなられていた。深い悲しみと心細さを抱えるまゆみさんにとっては、今はマモさんだけが残された家族である。まゆみさんの心の奥から発せられた声を聴いてほしい。
「ほんとうに、マモが、もう私のたった1人の家族なので。唯一、1人。これでいなくなったら、私はほんとうに1人になってしまいます」
著者情報
小説家
木村友祐
きむら ゆうすけ
1970年、青森県八戸市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2009年『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『海猫ツリーハウス』(2010年、集英社)『聖地Cs』(2014年、新潮社)『イサの氾濫』(2016年、未来社)『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(2016年、新潮社)『幸福な水夫』(2017年、未来社)『幼な子の聖戦』(2020年、集英社/第162回芥川賞候補)温又柔氏との往復書簡『私とあなたのあいだ―いま、この国で生きるということ』(2020年、明石書店)がある。