妻たちと国家 〜入管法に翻弄される人々③前編
木村友祐(小説家)
「だから、最初はほんとに2人のコミュニケーションは大変で。伝えたいことがなかなか伝わらなくて。向こうもそうだったと思うんですけど、『どうやって伝えよう』みたいなもどかしさが、ずうっとありました」
会って顔を見ながら話せばなんとか気持ちを伝えられるのに、今のようにビデオ通話ができるようなスマートフォンはなかった。ナヴィーンさんが千葉に行った後は電話とメールでのやりとりになったが、お互いに伝える言葉にいつも困る。さらに、留学ビザが失効したオーバーステイの状態では携帯電話を手に入れることが難しかったのだろう、ナヴィーンさんの携帯電話の番号はしょっちゅう変わり、たまに連絡が取れなくなることさえあった。
「結婚する約束は最初のころからしていて、『すぐには結婚できないけど、必ずあなたと結婚するから、待ってて』と伝えていたんです。だから、どんなに大変でもお付き合いをやめようとは思わなかったですね。ただそれでも、頻繁には会えないし、メールとか電話しても、なかなか返信がこなかったり、電話に出なかったりということもあったので、お付き合いを続けること自体は大変でした」
お互いに言いたいことは満足に伝えられず、相手が何を伝えたいのかも充分にわからない。それでもなおみさんとナヴィーンさんは別れなかった。言葉は片言でも、その足りない言葉の周りを埋めるほどの相手に対する強い思いが2人を結びつけていたのだろう。
ナヴィーンさんは、スリランカで父が支持する反政府系の政治家のポスター貼りなどを手伝った。そのせいだろう、ある集まりからの帰りに、政府側の政党支持者と思われる者たちに待ち伏せされ、父とともに棒で殴打されるという暴行を受けた。腕の骨にヒビが入り、頭部にも怪我を負った。同じように負傷した父は、このままスリランカにいると危険だからと、ナヴィーンさんに海外に出るように促した。日本への留学資金を借金してまで用意してナヴィーンさんを送り出し、その後、亡くなった。暴行の後遺症が原因とみられた。
そうしてナヴィーンさんは2004年12月に来日し、日本語学校に入学した。なぜ日本だったかといえば、子どものころにスリランカのテレビで放映されていたNHKの連続テレビ小説「おしん」を観て日本に憧れと親しみを抱いていたからだった。
また、少年のころに学校に来た日本人から日本の素晴らしさを教えられたこともあり、いつか日本に行ってみたいという思いをずっと持っていた。これは、2021年に入管施設で適切な医療を施されずに亡くなった、同じスリランカ人のウィシュマさんが日本に憧れと尊敬の念を抱いて来日したのと似ている。2人とも、まさかこんなにも非正規滞在の外国人に冷酷な国であるとは思わずに、日本を目指したのだった。
しかし、入学した日本語学校が途中で閉校になってしまい、ナヴィーンさんの運命は暗転する。転校するために追加できる資金はなかった。また、学校の授業料は1年分を紹介業者に託していたのに、紹介業者は半年分しか学校に払っていなかったという不幸も重なる。未払い分のお金の回収もできず、別の学校に通うことは不可能になった。
なおみさんと出会ったときは、まだ閉校する前だった。留学ビザの期限が切れるまでに行き場がない事態をなんとか打開しようと思っていたが、入管は事情を話しても取り合ってくれない。結局、ビザの更新ができないままオーバーステイとなってしまった。
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このころはナヴィーンさんは日本語があまり話せなかったため、そうした状況に陥っていることをなおみさんに相談することができなかった。なおみさんは今、11年も待たせずに早いうちに結婚していればと悔やむ気持ちもある。
「まだその時点で結婚していれば、オーバーステイだけで済んでいたわけで、退去強制令書も出されていない状況だったんです。だから、もっと早く結婚して、自分から入管のほうに出頭して、オーバーステイではあるけど日本人の私と結婚しましたということをちゃんと報告していれば、たぶんここまで事態が複雑にならなかったと思います。そのときはまだそれがわかってなかったんですけど……。早く結婚していれば、私がまだ子どもを産める年齢だったということもあるし、もっと早くビザがもらえていたかもしれないと思うので、申し訳なかったという気持ちがありますね」
結婚しても、ナヴィーンさんに「日本人の配偶者等」のビザは出ないままだった。仮放免者の夫を持つ妻たちのお話を聴いていて、ぼくがいつも不思議に思うのは、婚姻届を役所は受理していて夫婦だと認めているのに、入管行政では「日本人の配偶者」としての資格を認めないことだった。この国の行政は2つあるのか?
「入管の人は全然配偶者ビザを出してくれないし、在留特別許可も認めてくれないので、私は入管に聞きに行ったことがあって。『なんで在留特別許可も配偶者ビザも出してくれないんですか? 私たちに何か非があるんですか?』って聞いたら『いや、そういうわけじゃないんですけど』と言われて。『でも、うちに調査にも全然来ないし、妻である私にインタビューも何もしないで、どうやって私たちがほんとうの結婚をしてるのか、あなたたちがわかるんですか?』って聞いたら、『あ、あなたたちの結婚が嘘の結婚とは思っていなくて、ほんとうの結婚だってことはわかってます』と言われたんです」
なおみさんは驚き、「ほんとうの結婚だとわかってるんだったら、配偶者ビザを出してくれればいいじゃないですか」と問い詰めると、入管職員は「いや、入管は組織で動いてるところで、上司が判断して決めることなので、私の一存では決められないんですよ」と答えたのだった。
日本人と結婚した仮放免者に配偶者ビザあるいは在留特別許可が出ないのは、大抵は、入管が「ほんとうの結婚」「ほんとうの夫婦」とみなさないからだと推測されている(入管は理由を説明しない)。しかし、なおみさんたちの場合は、2人はたしかに結婚した夫婦だと認めたうえで、それでもビザを出さないというのだ。
なぜなのか。2人の間に実子がいるかどうかを入管が聞いてくるのは、どうやらそこに、ビザを出す・出さないの大きな判断要素があると思われる(連載第1回のカタクリ子さん、第2回のまゆみさんのときもそうだった)。
「夫の仮放免の更新手続きのときに、入管職員と夫と私と、3人で話したことがあるんです。職員から『お子さん、いらっしゃらないですよね』と言われたとき、『いえ、子どもはいますよ。2人』と答えたら『でも、ナヴィーンさんの子どもじゃないですよね』って。『いや、夫の子どもではなくても、夫をお父さんのように慕って一緒に暮らしているわけだから、親子ですよ』と言ったら、『でもナヴィーンさんと奥さんの間には子どもがいないわけでしょう』とあらためて言われて。『はい、そうです』と答えたら、向こうは『まぁねぇ、子どもがいればね』と。私たちの間に子どもがいれば、入管のほうの考え方も変わるみたいなことを言われたんです」
「実子がいる・いないで判断されちゃうと、自分の年齢的にもう子どもは産めないことはわかってるので、とても傷ついたんですね。たとえその職員の口調が優しかったとしても、言われたことの中身自体が私にとってはすごく傷つく言葉だったし、自分を責めてしまうというか。私が夫との間に子どもを産めないからビザを認めてもらえないのかなと思って、そこでもまた『申し訳ないな』っていう気持ちになりました」
「ただ黙って待っていれば、いつかビザを出してくれるのか。それともいつまで待ってても出さないつもりなのか。たとえ10年、15年でも、何年間待てばビザが出るとか、ビザが出る条件はこれこれこうだと明確にわかっていれば、そこを目標に頑張ろうと思えるんですけど、何も説明がないまま、何年待っても一生出さないっていうんだったら……、この先私たちはどうなっちゃうんだろうって思いますよね」
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著者情報
小説家
木村友祐
きむら ゆうすけ
1970年、青森県八戸市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2009年『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『海猫ツリーハウス』(2010年、集英社)『聖地Cs』(2014年、新潮社)『イサの氾濫』(2016年、未来社)『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(2016年、新潮社)『幸福な水夫』(2017年、未来社)『幼な子の聖戦』(2020年、集英社/第162回芥川賞候補)温又柔氏との往復書簡『私とあなたのあいだ―いま、この国で生きるということ』(2020年、明石書店)がある。